番外編・東京中高での朝鮮族の祭展
【8月9日・日曜日】
運動場に通じる校庭を歩きながら最初に思ったこと、それは日本にこんなに多くの朝鮮族がいるんだということだ。高齢者の姿はない。ほとんどが若者と、子連れの親子だ。
運動場では、サッカーの試合中。ユニホームには「SKY…」とか、「白頭山」、「HANA」という見慣れない文字が。「정신 차려라」、「하나 잡아라」と耳慣れない声援が行きかっている。時々「ファイティング」。
声援はウリマルだが、試合を見ながらの私語は中国語、子どもたちは日本語で話していた。

バスケット場には三つのテントが設置されていた。
豚足、豚のミミ、トウモロコシ、スットク(よもぎ餅)、各種キムチにコチュなど馴染みの料理もあったが、「燻製鶏」、「닭발」は鶏の足の揚げもの?、「소힘줄무침」は牛のスジのあえもの? 「孜然血管」など中国語で書かれたメニューもいくつか売られていた。煙があがっていたのは、焼きとりや焼きトンではなく、串に刺した山羊の肉からだった。
「いらっしゃい」、「三つ買ってくれたら…」
呼び込みは日本語だ。客が中国語で注文すると中国語で、朝鮮語での注文には朝鮮語で返していた。子どもたちには日本語で応じていた。
「밥도둑二〇〇円」-写真を見ると、唐辛子を味噌であえたものだ。直訳すると「飯泥棒」? 辛いのか、食が進む一品のようだ。

この行事は、前日、東京中高に行ったとき、偶然知った。八〇〇人位は集まるのではという話だった。
開場は一二時だったが、着いたのは三時を過ぎていた。運動場での小中高校生による徒競争と長距離走、体育館での子どもたちによる風船リレーや、デカパン競争(プログラムには「빅판츠 입고 달리기」と書いてあった)、家族リレーなどは終わっていた。
運動場に影はない直射日光が降り注いでいた。冷房を入れていない体育館は蒸し風呂状態だ。どこに行っても暑い。みんな同じウチワで煽いでいる。
「実行委」の腕章を付けていた人は、「ネットを通じての参加予約が一三〇〇を超え、一五〇〇準備したウチワは残っていない」と、言っていた。
私・「日本で暮らす朝鮮族はどのくらいいるのですか?」
実行委の方・「正確にわかりません。五万人? 今日は、その三パーセントがここに集まりました。日本は国籍別の統計は発表するのですが…日本で暮らす朝鮮族は中国籍、韓国籍、それに日本籍もいますから…」
私・「このようなイベントは?」
実行委の方・「個々では初めてです。人工芝の運動場に、大きな体育館、それに冷房が入った大きなホール(学生食堂)、きれいなトイレ…申し分ない施設です」
私・「日本に来たのは?」
実行委の方・「延辺で生まれて…子どもはここで…」
「この学校の卒業生だ」と自己紹介すると、ウリマルで話は弾んだ。
私・「主催したのは?」
実行委の方・「実行委員会には、サッカー協会とか、ゴルフ友好会、経済団体、それに朝鮮族研究学会、延辺大学の学友会などが…女性会の力が大きい。スポンサーもたくさんついて…」

配られたウチワには、「함께 해요우리들의 미래를!(共にしよう、私たちの未来を!)」、「반가운 얼굴(懐かしい顔)」、「즐거운 만남(楽しい出会い)」、「기쁨의 대축제(喜びの大祭典)」という文字が刻まれていた。
体育館では、文化公演の時間が迫っているというのに、バレーボールの試合が続いていた。サッカーはスピードもあり、あたりも強く、熱戦を繰り広げていたが、バレーボールは男女混合チーム、にわか作りのようで、トスを上げての強いアタックというシーンはなかった。ミスを最小限にとどめたチームが優勝争いに勝ち残っていた。それでも二階のスタンドから大きな声援が送られていた。

この日のイベントは、一部は運動会、二部は文化公演と、七時間にわたる長丁場だ。
文化公演は、子どもの合唱、男女二重唱に独唱、独舞に群舞、カヤグム演奏など、多彩な演目が組まれていた。司会はウリマルだったが、プログラムには「참 좋은 말」、「당신이 좋아」、「타향의 봄」、「첫사랑」、「사과배 타는 처녀」、「닐리리야」など、ウリマルでの演目と「菜莉花」、「青蔵高原」など、中国語で書かれた演目が並んでいた。

子どもたちの合唱には拍手がやまない。「샘터어린이학교 東京泉週末学校」というロゴがデザインされた黄色のお揃いのTシャツを着た四〇人余りの児童がウリマルと中国語で歌った。舞台慣れしていない、どぎまぎした仕草がかわいい。舞台の前では、保護者たちなのだろう、幾度もシャッターを押していた。

…アリ アリ アラリヨ アリランコゲ…
群舞につづき、「アリラン乙女」がうたわれる頃には、拍手とオッケチュムで盛り上がっていた。
児童の合唱の時もそうだったが、背中に「女性会」と書かれた女性たちが目立っていた。
私・「女性会?」
女性会・「在日朝鮮族女性会です。二〇〇八年、地位向上と就職、出産に親睦…身近なことを助け合うために…」
私・「一番の関心事は?」
女性会・「育児から教育に、日本生まれの子たちの結婚…それが関心事であり、悩みの種…」
彼女は、在日中国朝鮮族は一〇万人に達しているのではと、三〇代、四〇代が最も多いのではと言っていた。日本生まれの子どもたちのほとんどが日本の学校に進学する、「民族言語」としての朝鮮語と中国語を学ぶ機会を与えてやれないことに頭を悩ましていると語っていた。実行委の方も、朝鮮族同士の結婚が望ましいが、現実は厳しい。出会いの場が少なく、それでもSHIMTO(쉼터=憩いの場)という、在日中国朝鮮族のオンラインコミュニティーの役割が小さくないと言っていた。

「슬기로운 우리 민족」の合唱で幕である。
歌詞を書きとろうとしたが、追いつかない。隣にいた人が「이 노래 모르세요」と、書いてくれた。
손벽치며 노래하며
흥겨웁게 춤을추요
오는사람 우정으로
가는사람 사랑으로
우리들의 만남이여
우정이여 사랑이여
한마음 한뜻으로
래일위해 뛰여보세
모진바람 풍상에도
해해년년 이겨왔소
슬기로운 우리민족
아름다운 이강산을
꽃피우리
軽快な曲だ。
…自負心と誇り、いつも楽しく元気に過ごし、幸せな笑顔で再会しましょう…
司会者の結びの言葉。各競技の表彰が行われ解散だ。
運動会が終わると、文化公演を見ないで会場を後にした人も少なくなかったようだが、それでも東京中高の校門から十条駅に向って、長い列ができていた。
中国の同じ学校に通い、日本で偶然再会したという女性たちと話しながら駅に向った。小学生の児童を連れた女性は王子で暮らし、もう一人は品川まで行くと言っていた。
小学生の児童は、疲れたのか盛んに「タクシーで帰ろう」と言っていたが、久しぶりに会った同級生ともっと話したいようだ。
私・「日本にはいつ?」
女性A・「三十代の時来て、結婚して子どもが一人…」
私・「言葉は?」
女性A・「日本の公立の小学校に行かせているので全然…」
女性B・「ハングル教室もあるし、中国語だって…どっちか習わせないと…」
私・「家では?」
女性A・「夫が日本人だから…」
私・「習わせるとしたら?」
女性A・「中国語ですかね」
女性B・「どちらか一つと言うと、難しい選択ね。子どもの将来を考えると…」
私・「ウリマルは?」
ウリマルと聞くこと自体まずかったと思った。私たちにとってウリマルとは朝鮮語だが、中国籍の朝鮮族に取って「ウリマル」とは何かを一瞬考えてしまった。
二人の女性が口をそろえて言っていたのは、「民族母語」を習わせるべきだと思うのだが、韓国語には違和感があるという。この日、言葉を交わした延辺出身の朝鮮族の言葉は、韓ドラのイントネーションとは程遠く、うちのアボジが話していた咸鏡道の方言に近かった。
××

三時過ぎに東京中高に着き、四時間余りいつもと違った「不思議な空間」をさ迷っていたような気がした。在日中国朝鮮族―新しい新鮮な出会いだった。渡日の経緯や、日本に住む歳月の長さは異なる。それでもこれからは共に日本で暮らし続けようとしている。在日同胞社会で抱える様々な問題と、共通することがあるようでないようで、全く違うようでそうでもないようだ。ただこの日、体育館で無邪気に遊んでいた黄色いTシャツを着た子どもたちは、私たちの在日朝鮮人の子どもたちと同様、すくすくと育ってくれればと願った。
*9月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』33号で加筆して掲載します。