東京第3・猛暑の中での夜会
【7月25日・土曜日】
夕方からはアルバイトだったので、夜会の準備の様子だけでもと3時前に家を出た。
暑い、バス停に日陰がない。5分もせずにバスは来たが、汗が背中を流れていた。
途中、男女児童が乗ってきた。男子児童は、通路を挟んで二つ後ろの席の男の子の隣に座った。兄妹なのか、ピンクの紐の水筒を肩に下げた女子児童はその隣に立ち離れようとしなかった。
男の子が女子児童に、「何年生?」と、ゆっくりとしたウリマルで話しかけた。「二年生」。女子児童が答えた。ウリマルだ。私服なので分からなかったが、ウリハッセン達だ。
座っていた男児児童の顔に見覚えがある。六月下旬、社会見学で一緒に朝大に行った五年生だ。二人の男子児童が何やら話している。耳をそばだてるが、車の騒音と、離れているせいで聞きとれない。男子児童の口癖なのか、時どき「언제나[いつも]」という声が。聞きとれたのは、「이것으로[これで]」と「수건[ハンカチ]」という、二つの言葉だけだった。
バス停では、余りの暑さに、家に戻ろうと思ったが、ウリマルでやりとりする児童たちを見ていると、引き返さなくて良かったと思った。
バスを降りる児童に声をかけると、大きな声で「アンニョンハシムニカ」とのあいさつが戻ってきた。友だちの姿を見つけたのだろう、三人は走りだした。学校の手前の信号で、5、6人から「アンニョンハシムニカ」をされた。校門が見えると、一斉に走り出す。子どもというのは、友だちを発見したり、校門に近づいたりすると、思わず走り出すようだ。

開始一時間前だというのに、校庭も校舎もすでに騒がしかった。校庭ではビニールのプールに風船がいくつも浮いていた。かき氷の準備も進んでいた。学区のチョチョンウォン(青年同盟)、朝高生と夏季実習に来た朝大生の担当のようだ。
校舎に入ろうとすると、オモニ会の会長の趙さんに出くわした。
私・「ドジョウが行方不明に?」
一週間前に仕込んで冷蔵庫に保管していたドジョウが無くなっていることを前日に知って、やり直したとfbに書いていた。
趙さん・「青商会のパダモイム(海水浴)に焼肉のタレと間違って持って行ってしまったようで…当日でなくてよかった…」「川ではなく、海に戻って行ったようで」
笑っていた。
一階奥の会議室では、冷やしうどんとのおつまみの盛りつけや、チヂミ焼きが始まっていた。クーラーは入っているようだが、熱気と匂いがこもっていた。「たくさん食べてください」と、図工担当の張先生に声をかけられた。サンバイザーをしてチヂミをひっくり返す、その姿はすこしコミカルだった。

三階の四年生の教室では、「独舞」の練習だ。金先生は「独舞の大会で優秀賞を…思うように踊れないようで…」。体がついていかないのか、同じ動作を何度か繰り返していた。

三時四五分を回って、運動場の仮設舞台では、東京第三のマスコット「チェサミ」と「ミレ」と一緒に歌い踊るオモニと児童のリハーサルが始まった。児童たちは、六月のオリニフェスタでも披露したようだが、オモニの中には練習に参加できず、この日が初めてという人もいるようだ。
マスコットの「チェサミ」と「ミレ」は「一休み」だ。第三の卒業生で、東京中高の舞踊部の二人が「代役」を務めていた。二人ともカラフルなタオルを肩にかけ、センターで軽やかにステップを踏んでいた。

日蔭は舞台だけ。カンカン照りの中で焼きそばのパック詰めが始まっていた。炎天下、大きな鉄板の前は40度を越していたのでは。
「一回焼いて…10パック…」、「12パックになっちゃった…」「パックが足りないのでは…」。
鉄板でキャベツを焼いたり、ソバを混ぜたりしながら、そして舞台も見て、オモニたちは手だけではなく口も休まることがなかった。元気だ。

何度か繰り返すのだが、何人かのオモニは、ワンテンポずれていた。舞台の向い側では、二人が「模範演技」? 指先までぴんとのびていた、笑顔も絶やすことはなかった。

「第三の未来に向けて 新しいスタート」。ラストは、オモニ会の横断幕を掲げるようだ。

つづいて一年生の練習だ。
「ああしなさい…こうしなさい…やめなさい…」「頭に角が…額にしわが…」。途中、「オンマ!!」という掛け声。最後は「私のオンマは一番!」。そんな歌詞に少しオーバーな振りだ。
学年別に入れ替わり立ち替わり練習は行われた。
そんな中、プロパンガスのタンクや、大きな鍋や、アルコール類が次から次へと運動場に運びこまれていた。アボジたちも汗びっしょりだ。
