行ってよかった!! 群馬の授業参観 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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行ってよかった! 群馬の授業参観
【4月29日・水曜日】
 校門に通学バスが着いたのか、数人の児童が校舎に向って走ってきた。何しろ、敷地が広い。校門前の駐車スペースだけでも、母校の東京第三の運動場位はある。購入した土地代金の返済、耐震のための新校舎建設が取りざたされているときだけに、余計うらやましく思えた。
「アンニョンハセヨ!!」
 子どもたちの声がだんだん近づく。一階の教員室から何人かの先生が顔を出し、笑顔で迎えていた。安校長も校舎に入ろうとする児童を呼びとめ、声をかけていた。
 「今日は誰が来るのかな?」「アボジは?…」。そんな話を交わしているのだろうか、はち切れんばかりの笑顔で児童が応えていた。

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갖자민족정서잇자민족의  떨치자우리의 미래
児童・生地たちは、「身につけよう!民族の情緒! つねごう! 民族の魂! 轟かそう! 私たちの未来」と、ブルーの文字で書かれた校舎に吸い込まれるように入って行った。
 二時限の授業参観に、教育講演会、オモニ会の会議に学年別やクラブ別の保護者会など、盛りだくさんの日程が組まれていた。 
 群馬のウリハッキョに来たのは初めてだ。東京朝高の同級生の廉トンムから度々誘われていた。四月一日、熊谷での大阪朝高のラグビーの試合を応援に行ったときも、「入学式にきなよ…新入生がなんと、一一人だよ…」と。前年度は後に一人が編入してきたものの新入生は一人だった。彼の孫も新入生だが、児童数が大幅に増えたことが、余程うれしかったのだろう。東京のサドン(嫁の父母)も呼んだと、言っていた。
 一年生の一時間目は日本語、「言葉さがし」の時間だ。児童は、思いついた「言葉」を交替で黒板に書いていた。

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 ある児童が「すし」と書くと、「食いたいな!」と叫ぶ児童がいたり、やたらと「すげー」を連発する児童がいたり、とにかく元気だ。時々、先生が「静かに…良い子で勉強…」と、注意をするのだが、この日の一年生は、親が来て興奮したこともあってか、「良い子」は多くなかった。
そんな児童にアボジ、オモニたちは笑顔でスマホを向けたり、ビデオを撮ったり、笑いをこらえたりしていた。廊下ではオモニ同士の話も弾んでいた。
 私・「一年生、多いですね、なぜ?」
 オモニ・「特別な理由は…」
 もう一人のオモニ・「たまたまでは…」
 明確な答えは戻ってこなかったが、皆の顔に嬉しさがにじみ出ていた。
 二階に、小一、二、三年生の教室、三階に小五、六と中級部の教室がある。なぜか、四年生の教室だけが一階だ。
 一年生の教室をのぞいていた学父母たちは、しばらくすると他の学年の教室へ。またしばらくすると戻ってきたりして、とてもせわしい。
 一年生一一人の内、二人を除く九人が上級生に兄や姉がいるとのことだ。楽しそうに学校に行く上の子の姿に、下の子の入学にはためらいがなかったと、語るオモニもいた。

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 アボジ、オモニだけではなく、祖父母の姿もあった。廉トンムも言っていたが、ウリハッキョで孫の姿を見ることは、何にもましての喜びのようだ。「『ソンセンニム』とか、『アンニョンハセヨ』という孫の一言を聞いただけで、疲れがすっ飛ぶ」という。
 一年生の隣の教室は、二年生だ。先生と二人の児童のやり取りから、目を放せなかった。

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二時間目は国語(朝鮮語)、「둘받침の授業だった。「」「」などが付く例文を児童と共に探って行くのだが、巧みだ。「핥다[舐める]」―先生は、猫が舐めるという例文を上げながら、その動作を児童に促す。「넓다[広い]」では、「広いのは何?」と問いかけるのだが、児童だけではなくアボジとオモニたちの口ももぐもぐ動いていた。私も思わず「運動場が広い」と、心の中で叫んでいた。

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 児童たちだけではなく、参観に来た親たちも集中していた。算数の時間には、問題を解こうとしているのか、黒板の字を追ったり、百済と高句麗の滅亡の授業では、韓ドラのワンシーンを思い出したりしたオモニも少なくなかったようだ。ヒソヒソ話だ。理科室の実験では、子どもたちよりアボジ、オモニたちの方が、先生の話に引き込まれていた。体が前かがみになっていた。パワーポイントを使っての図工時間、デカルコマニー(転写法)の授業からも目が放せなかった。

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二人から五人の少人数の授業をじっくり見るのは初めてだ。授業というより、時おり一幕の舞台を見ているような錯覚に陥った。
 教壇に立つ先生が児童・生徒たちをぐいぐいと舞台に引きつけていく。いつの間にか、児童・生徒が主役になっていた。この日の「観客」、アボジも、オモニも、ハラボジも、ハルモニも、先生と児童・生徒とのやりとり、台本のない(児童・生徒たちの反応、特に小学生は時おり予想だにしない言動に出る)舞台に引き込まれ、いつしか一体となっていた。
 少人数クラスの新たな可能性を発見したひと時でもあった。


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授業が終わった後も、児童たちは何人かに分かれて、時間内に解けなかった算数の問題にチャレンジしていた。
 その教室の黒板の隣のファンヒーターに貼られていた「鼻血がでるまで勉強をしよう」とのスローガンには笑えた。一階の四年生の教室だ。

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 教室から出てきたあるオモニに声をかけた。
 私・「なぜ、四年生の教室が一階に?」
 オモニ・「本来は、一階は一年生の教室でした。昨年一年生が一人だけだというので、新入生が寂しくないよう二階に…今年はたくさん入ってきましたけど…そのまま…」
 私・「それにしてもたくさんの新入生が…」
 オモニ・「たまたまということもありますが…この何年間、若いオモニや…学齢前の子どもたちを対象にした集まりを…」
 私・「生まれた時から…」
 オモニ・「いや…お腹に入っている時からです…」
笑いながら、応えていた。
 偶然ではなく、この何年間の取り組みが、「二ケタの新入生」という、嬉しい結果をもたらしたようだ。
 三階の中級部の教室をのぞくと女子生徒が一人、本を読んでいた。
 その前の教壇にも、「鼻血がでるまで勉強をしよう」。四年生の教室と同じステッカーが貼られていた。
 私・「鼻血がでるまで勉強していますか?」
 女子生徒・「…」
 突然話しかけられて驚いたのか、ただ、笑うだけで答えは返ってこなかった。

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 三階から校舎に隣接した駐車スペースを見ると、何人かの男性が新聞紙の束を運んでいた。そう言えば、学校に案内してくれた廉トンムも自家用車のトランクから束ねた新聞を出していた。前日には、アルミ缶を持ってきたとも言っていた。学校運営の財源になるようだ。
 教室と廊下に貼り出された様々の展示物にも、目を引くものが多かった。自分の子どもなのだろう、指をさしたり、スマホを向ける保護者もいた。
 ベスト3を決めるならば―。
 第三位は、中三が「情報」の授業で作成した、学校創立五五周年記念・同胞学生運動会のポスターだろう。三人三様だ。うち二人が、運動会後にプログラムとして組まれている焼肉のイラスト付きだ。運動会と焼肉がワンセット、ウリハッキョらしい組み合わせだ。
 校舎の一階に貼り出されている「学校が歩んだ道」によると、解放の翌年には、前橋、高崎、桐生、沼田などに朝連初等学院が設置された。群馬朝鮮初級学校としての創立は一九六〇年で、四年後には中級部が併設された。高崎から前橋に移転し、現在のコンクリート三階建ての校舎が竣工したのは一九七二年六月だ。今年、創立五五周年を迎える。運動会もそうだが、この日の教育講演会もその一環だ。「歩み」には、一九八四年九月からコンピューター教育をスタートさせたと記されていた。 








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 第二位は、中一の教室に貼られていた、二〇一五年の決意を表す漢字一文字だ。
 段―中学生になったら、勉強もクラブ活動も一段階アップされるから。
 新―中学生になり、新しい生活、クラブ活動、授業になり、新たに挑戦するため。
 動―悩む前に行動だから。

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 ダントツの一位は、少年団員を対象にしたアンケートの結果だ。
 設問は幾つかあったが、傑作なのは「頭の中を円グラフで描いてみましょう」への回答だ。
 多くの円グラフは、寝る・本(マンガ)・アニメ・勉強・家族・ゲーム・テレビ・音楽鑑賞・サッカーなどが程良く分割して書かれていたが、ある児童は、サッカーオンリーだ。頭の中はサッカーだけだという児童に話を聞くべきだった。どんな面白い答えが返って来るのやら、少し後悔している。

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 別格としては、全ての教室に貼り出されていた、「セッピョル通信」だ。
 茨城朝高の学区の東北、福島、栃木、群馬、新潟の全校生が合宿をして、勉強をしたり、スポーツを楽しんだりする「セッピョル学園」の活動については聞いていたが、定期的に「通信」を出していることは初めて知った。最新号のメインタイトルは、「受け継ごう『4・24の魂』!」だ。

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 「セッピョル学園」は、児童・生徒たちがたくさんの同級生、上級生、下級生と交わる場としてだけではなく、先生たちにも刺激になっているようだ。一年に数日とはいえ、多くの児童・生徒たちに教えられる場が設けられ、同じ学年を受け持つ先生同士の交流の場になり、交換授業から得ることも少なくないようだ。
 安校長は、「互いに授業を見て、見せることによって、教育の質向上をもたらしているのでは…」と語っていた。
 「セッピョル学園」の繋がりは、少人数学校の長所を生かし、児童・生徒と先生たちが切磋琢磨する場になっているようだ。
 そして、ウリハッキョでのただ一人の日本人教師の北海道の藤代隆介先生の教育講演会。一八年間の様々なエピソードを交えてのウリハッキョでの体験に基づく話は、観衆の耳目を引きつけた。先生が冒頭に話していた、「ウリハッキョの良さ」にもう一度気づかせたいとの講演の目的は、十分果たせたようだ。
つづいて、オモニ会の会議だ。三年前、朝鮮学校への「高校無償化」適用を求めて、四万羽の折り鶴を全国から集め、ジュネーブで開かれた国連社会権規約委員会に代表を送った運動のメンバーも少なくない。「折り鶴の生みの親」たちの中には初対面の方もいたが、とても親近感を覚えた。

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 校門の横では、保護者会に参加している両親を待っているのだろう、児童たちが土を掘り起こし、何かをつついていた。

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 正確に聞きとることができなかったが、女子児童が小さな蛇を見つけたようだ。怖がる様子はない。男子児童の左手の掌には、トカゲか、ヤモリが載っていた。
 短時間であったが、小規模のウリハッキョならではの良さを見ることができた。来てよかった! 行かなければわからなかった! 貴重な体験をした一日となった。これからも綴られていくであろう、数々のドラマを近くで見る機会があればと思った。

* 5月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』31号に再整理して掲載。