新年「初登校」、始業式へ
【2014年1月8日・木曜日】
昨年末の終業式には遅刻したので、早めに学校に着いた。
校長室に行くと、金校長はいつものジャージ姿だ。始業式がはじまるまで間があるようだ。
「インフルエンザが心配です。昨年からぼちぼちと…流行が早まっているようなので…」。
今年、学校創立七〇周年を迎える。その記念事業の第一弾として、二月に予定されている学芸会の準備が心配のようだ。
「…ドラえもん作文コンクールに四人が…『コッソンイ』にも…」
校長の顔がほころんだ。
いつものように校舎をひと回りした。二階の低学年の教室は静かだ。三階の高学年の教室からも物音がしない。廊下のハンガーにジャンパーやコートがぎっしりかかっているので、児童たちがいるはずだが…、廊下から教室をのぞくと、読書中だ。

四年生の教室からは、夫先生の声がもれていた。「成績表は…道具箱は…」。六年生の教室でも黄先生が、学期末に家に持ち帰った学用品の点検を行っていた。「防災ずきん…水彩画の…忘れたトンムは?」。何人かが手をあげていた。
六年生の教室の黒板に、ウリマルで「2014年度…」の文字の下に大きく「業式」という言葉が書かれていた。「始」という文字が抜けている? 窓越しに目を凝らして見ると、その上に本来「2014年度3学期」と、書かれているべき「3」の場所が空白になっている。

昨年の終業式の時の、「終」と「2」の文字だけを消して、そのまま残しておいたようだ。
二階の低学年の児童が椅子を持って、階段を上がってきた。五年と六年の教室の隔たりを取っ払い、そこに一、二、三、四年生が、自分で椅子を運び込む、いつもの風景だ。夏休み明けまでは、椅子に振り回されていた、一年生もだいぶ慣れたようだ。

始業式は、全校生が声をそろえての「クァセアンニョン[過歳安寧]ハシムニカ」のあいさつではじまった。
「新年、二〇一五年はどんな年になるでしょう。解放七〇周年になる年です。五月には総連結成六〇周年…わが校も創立七〇周年を迎えます。ハラボジ、ハルモニ(祖父母)が作り、アボジ、オモニ(父母)が学び、その志を継いで…」

金校長のあいさつが終わると、ドラえもん作文コンクールと、「コッソンイ」に入賞した児童が紹介され、大きな拍手が送られた。
そして、マイクを持っての「新年頑張ります」の一言。
「誰が出てくるのでしょう」「六年生に期待しますが…」、「一年生は無理かな…」
金教務主任の言葉に、まず六年生が一言。「中学校に進学する準備をしっかりします」。

つづいて五年生だ。「二学期に克服できなかった…六年生になる…」。
「何が足りなかったのですか?」、「宿題…友だちに親切に接する…」。教務主任と五年生のこんなやり取りも行なわれた。
七〇周年を迎えてもっと下級生の面倒をみるようにするという女子児童、他人を思う心を育んで六年生になるという五年生男子、少年団員になれるよう頑張るという三年生もいた。
マイクを握ってみんなの前で話すには少し勇気がいるようだ。出ようか、出まいか、ためらう児童がとてもいとおしく思えた。
始業式が終わって、教育会室で洪先生に七〇周年の記念事業の話を聞いた。年末から何度か、過去を振り返るだけではなく、これからのチェーサム(第三)を念頭に置いた協議が重ねられているようだ。
同校のキャラクターの「チェサミ」と「ミレ」も、七〇周年を記念する学芸会では、一段とグレードアップした姿を見せるようだ。そのために色とりどりの布を購入したと話していた。
しばらくして、低学年の教室が並んだ二階に行くと、掃除をはじめていた。

水道場では、一つの雑巾を三人の男子児童が一緒に絞っていた。ひとりの児童の白いシャツがズボンからはみ出ていた。「チャツカン(賢い)少年団員」になるためには、もう少し準備が必要なようだ。