【6月22日・土曜日】
東京第三での「チャリティー焼肉」モイムに行ったついでに、校舎の階段の壁に貼られた歴代卒業生の写真を確認して来ました。私たち15期生の写真の背景には、工事中の木材?が写っていました。14期生は木造旧校舎を、16期生は新校舎を背景にした卒業記念写真でした。

と言うのは、「月刊イオ」がfbを通じて投稿を募っていた、特集企画「朝鮮学校百物語」に、東京第3の思い出を書いたからです。
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<投稿>
東京チェーサム(板橋区にある東京朝鮮第三初級学校)の思い出といえば、ワンバン野球と「コロッケ貯金」です。
授業が終わっても、みんな学校に残って遊んでいました。共稼ぎの家庭が多く、家に帰っても、誰もいないからです。女の子は輪ゴムを繋げたゴム段とび、男の子はもっぱらグローブもバットも使わない素手の野球です。バッターの手前でバウンドするように投げてくるゴムのボールを拳や平手でバウンドさせて打ち返す、ワンバン野球です。
お腹がすくと、「サーモッキ」、買い食いです。小遣いなどもらえるはずがなく、昼食のバン代を切り詰めた10円玉を持って、パン屋さんで10円のコッペパンを買って、肉屋さんに行って、コロッケを挟んでもらって食べるのが、月に一度か、二度の「贅沢」でした。コロッケは3つ10円、挟めるのは2つです。残った1つは、肉屋さんが預かってくれました。「コロッケ貯金」です。
当時、新校舎の建設が進められていました。コロッケの隣に並んでいた、ハムカツが食べたかった。1個5円のそれを我慢して、校舎建設の「1円カンパ」に回しました。
新校舎が完成したのは、卒業した年の1962年の10月です。卒業記念写真は工事中の屋上で撮りました。鉄筋3階建て、近隣で一番高い建物でした。「朝鮮学校ボロ学校」と小石を投げてきた近所のいじめっ子が通う木造2階建ての小学校が小さく見えました。(ウリハッキョを記録する会・金日宇 2014・6・19)
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歴代の卒業記念写真を撮っていると、チェーサムのアイドル「コウちゃん」が背伸びをするようにして写真に見いっていました。3歳のコウちゃんの卒業写真がここに貼り出されるとき私は…、ふとそんなこと思ってしまいました。
