東京第9・「サランの会」の一日給食 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【5月17日・土曜日】
 「阿佐ヶ谷朝鮮学校サランの会」による一日給食の手伝いへ。
 校舎の正面に梱包されたままのエアコンが。入学式を終えて地元同胞の花見で、「東京のウリハッキョでエアコンがないのは第9だけだ」と募金を呼び掛けていたエアコン取り付け工事がいよいよ始まるようだ。梅雨入りの前に工事を終え、今年の夏は児童たちが快適な環境で勉学に励めるようにすると、語っていた教育会会長の姿が思い浮かんだ。
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9時集合だが、この日も一時間遅れ、給食室ではすでに「料理長」でもあり、事務局長の三木さんと副会長の申さんがタケノコとシイタケをみじん切りにしていた。この日のメニューは朝鮮式の饅頭スープに混ぜご飯。茅原さんたちは、前日に仕込みを終えた肉と野菜を餃子の皮で包んでいた。
茅原さん・「金さんは…包んでみます」
私・「ちょっと無理なようです…それでは…」
ニンジン、タマネギ、長ネギなどの「千切り組」に加わった。 
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 その後、何人かが加わり、キムチや沢庵を切ったり、饅頭をスープで湯がいたり、倉庫に器を取りに行ったり…年に3回、それも3年目になると手際が良い、笑顔が絶えない。「サランの会」のみなさんから「イルウさん」と呼ばれるのが嬉しい。
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休み時間になると、多目的ホールに机と椅子を並べに来た高学年の児童が給食室をのぞきに来たり、先生たちが「スゴハシムニダ」や「コマッスムニダ」を言いに来たり、運動場から聞えてくる児童の声に癒されたりもする。
鄭校長・「いつも…」
茅原さん・「校長先生はいつもの…味見を…」
鄭校長・「『風景』に書かないで…」
三木さん・「児童に安全な食を提供するために、校長が身をもって…」
申さん・「お毒みですよ、お毒み…」
鄭校長は、少し大き目の饅頭を頬張ると、「美味しい」と一言。
12時過ぎると急に慌ただしくなる。運動会の練習時間を確保するために5分間づつの「短縮授業」、昼食時間も早まっていたのだ。 
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 児童代表が「いつもぼくたちのために…サランの会のみなさん…コマッスムニダ」。すると全員で「チャル モッケッスムニダ(いただきます)」だ。
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  スープが冷めてしまったかと心配したが、みんな笑顔で口に運んでいた。混ぜご飯が少し柔らかったかもしれない。大型のガス炊飯器の調子が良くないようだ。大きな鍋に移して二度、三度と水と酒を加えて炊き直したのだ。
 好き嫌いがあって手をつけない児童がいないか気を配ったり、箸を忘れた児童の面倒をみたり、それに写真を撮ったり、各担任は昼食時間も忙しい。
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  食べ終わる頃、千葉から一人の同胞が給食風景をのぞきに来た。田を「耕さない」、農薬や化学肥料を「やらない」農法で米作りをしている同胞だ。その米を給食用に提供してくれている。
児童たちは、その同胞が学校でニンニク栽培するように持って来た、茎のついたニンニクに見いっていた。
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 後片付けをしながら、給食室の隣の会議室をみると、学父母が一人座っていた。テーブルの上には、二冊の本が置かれていた。
 私・「図書係ですか?」
 女性・「5年生…」
 私・2冊の本のタイトルを見て、「難しくないですか…」
 女性・「難しい漢字にはルビがふってあるので…次回は男子児童に戦国武将の物語を…」
帰りがけ二階に行く階段の踊り場を見ると、「五月の本」の空白が埋まっていた。1年生は「みんなのきもち」と「ももいろのきりん」、2年生は「うさぎのくれたバレエシューズ」と「雨がしくしく、ふった日は」、4年生は「二分間の冒険」と「ぼくにはしっぽがあったらしい」、そして午前中は「空白」になっていた5年生は「雨ふる本屋」と「雨ふる本屋の雨ふらし」との二冊、6年生は「ライラの冒険-黄金の羅針盤」上下だ。
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  午後は運動会の練習だ。運動場からは「コマッスムニダ」の声が…。お米の送り主である同胞に児童たちが大きな声で感謝を述べていた。かんかん照りだというのに、女子児童は一輪車で行ったり来たり、バスケットに興ずる児童もいた。 
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 翌日、事務局長の三木さんから、メールでつぎのような「給食のご報告」が届いた。
 5月17日土曜日にサランの会で7回目の給食を作りました。
 マントゥ(朝鮮餃子)のスープとタケノコご飯とリンゴゼリーがホールにならびました。
 僕は1年生の席についたのですが、「全部食べました!」と器を見せてくれるこども達の笑顔もご馳走でした。