東京第3卒業式 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【3月23日・日曜日】東京第3卒業式
 1階奥の炊事場に向った。卒業式後の謝恩会に招待してくれたオモニたちに挨拶をするためだ。人影がない。壁に2枚の連絡事項が貼り出されていた。
 一枚は、「6年生のオモニ♡卒業おめでとう!初5オモニ一同」「お手伝い!!頑張ります!!」とも。謝恩会の準備をするのは、5年生のオモニの分担のようだ。もう一枚のポスには、コーヒーをたてるとか、お餅を何等分するとか、お弁当にのし紙をつけるとか、ケーキとビールは理工室に運ぶとか、細かな事柄が記されていた。
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 2階の音楽室が卒業生の待機場になっていた。廊下では、担任の夫先生の前で、男子児童が紙を広げて声を出して読んでいた。答辞の練習だ。
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 会場の飾りつけはすっかり終わっていた。「卒業をお祝いします」との各学年別の手書きのポスターが壁に貼られていた。○○オッパにとか、○○ヒョン、○○オンニへの卒業おめでとう、ありがとう、オンニが好きですなど、一口メッセージが書かれていた。
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保護者はすでに席についていた。祖父母と幼児の姿が目立つ。一家そろって、一族総出という風景だ。卒業生が入退場する花道には、鮮やかなセットンで縁取りした白い布がしかれていた。オモニ会の趙会長の末っ子は舞台に何度もカメラを向けていた。度々連れられて来るので、教室も廊下も、校庭も運動場も自分の家のように、いつも我が物顔で走り回っている。この日はカラフルなパジチョゴリの盛装だ。
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いよいよ卒業生が入場。デジカメは少なくなっている。ほとんどがビデオとスマホだ。 
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金校長の学事報告、「希望」、「努力」、「愛情」、「逞しく」の言葉が心地よく会場に響いていた。「少年団生活」とか、「民族の魂」とか、「서로 돕고 이끌고(助け合い)」とか、「배움의 요람(学びの拠り所)」とかは、ウリハッキョ、朝鮮学校ならではのフレーズだ。 
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 それに一人ひとり名前をあげての励ましの「贈る言葉」も、ウリハッキョならではだ。
リン・自分の考えをもってやり遂げるので頼もしい…
リミ・常に高い目標に向って積極的に…
スリム・責任感が強く…もっと鍛えて…
スソン・進学したらもっと輝くでしょう
スンミョン・自分の力で解決する積極性を…
ミョンス・目標を定めて、自らが切り開く姿勢を…
スンジン・責任感が強く…様々なことに挑戦を…
テヒョン・音楽的センスが…もっと積極的に…
スド・すべてのことに積極的…活躍を期待…
スンテ・理解力が鋭く…より大きな力を発揮することを…
 
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こみ上げてくるものがあるのか涙が…6年生ではなく、5年生だ。昨年と異なり、卒業生に涙はない。
 
 テジュ・感受性が鋭く…絶え間ない努力を…
 スンジョン・判断が早く…行動力に慎重さを…
 ユソン・強靭な精神力を中級部に行っても…
 ユンミン・気づかいができて…闘志を発揮すれば…
 セラン・面倒見がよく…決断力をもって…
 ユヨン・新しい環境…力一杯挑戦して…
 セラ・一番の努力家…何事にも大胆に…
 ヘリム・自らの力を信じて一生懸命…
 インス・実直な性格…これからの活躍を期待…
 ソナ・物事をみて判断する力が優れているので…
 リュンソン・自分の能力をもっと発揮できるよう…
 ジナ・現実から学び鍛錬する大胆さを…
 ゴニル・もっと自信をもって…常に目標を高く… 
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 表彰に祝電の紹介、答辞に記念品の伝達…。登下校を見守ってくれた区域のチョチョン(青年同盟)らに感謝の色紙が贈られた。
飽きたのか、趙会長の末っ子が何人かの幼児と一緒に、校庭に置かれた記念写真を撮る台の上で、大きな声を張り上げていた。会長が言うには、学芸会の全演目を歌って、踊れるとのことだ。
 「生まれたのがチュチェ100(2011年)の4月15日だ」とか、金日成主席と誕生日が同じだ。会長は、「何か」を感じているようだ。
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 「卒業生を熱烈にお祝い…東京第3をより一層輝かせ…」。退場する卒業生に在校生たちはそんな言葉を送っていた。歴代の担任の先生が出口で卒業生を激励していた。2年生当時の担任の高先生は一人ひとりに声をかけて、花束を手渡していた。1年間休職して、復職した年に担任となった高先生は感慨もひとしおのようだった。
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  謝恩会がはじまるまで、校庭でしばしの記念写真タイムだ。卒業生だけで撮ったり、保護者が入って撮ったり、家族で撮ったり…。思いのほか、保護者の参加が多かったようだ。アボジ会の申会長は、急ぎ撮影台をつけたしていた。チマチョゴリ姿のオモニたちもまた「卒業組」だ。第3では末っ子が卒業生の場合、卒業式で、その保護者にも「卒業記念品」が手渡されることになっている。今年は12家族、例年になく多かった。
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  校舎の2階に上る階段の壁には、草創期から歴代卒業生の写真が飾られている。67期生の写真が貼り出されると、何人もの父母がカメラを向けていた。金校長の報告によると、卒業生は2480人に達する。私もその中の一人だ。
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 アボジ会の6年生の責任者の乾杯で、いよいよ謝恩会がスタートした。
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 まずは恒例になっている、スクリーンに映し出される赤ん坊の時の写真が誰かを当てる「成長の記録」。ヒントとして、印象に残った出来事や好きな食べ物などが紹介される。修学旅行、スキー合宿、口演大会、チビッ子サッカー大会…「逆上がり」には笑いが、好きな食べ物がこはだやフグ刺しという声には、思わず「渋い」と言う声があがった。
 夫先生の幼児期の写真も。白黒なのですぐに当てられた。好物はイチゴ。彼らしいと思った。
 昨年の卒業式は、「涙、涙時々笑い、そして涙」だったが、今年は昨年のようにしゃくりあげて泣くというシーンもなく、笑顔と笑いだ。実におおらかだ。
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 招かれた1年生の頃の担任の全先生、2年の頃の担任の高先生、3年と4年の頃の担任の金先生、5年担任だったの許先生、6年担任の夫先生も笑顔で担任した当時のエピソードを語っていた。教職を離れた全先生と高先生は、児童たちは人生のかけがえのない宝物だと、感慨深げに当時を振り返っていた。
 卒業生全員によるダンスでは、高先生が児童と一緒にはじけていた。「プ・スホ」コールで呼び出された夫先生は、見よう見真似、ワンテンポ遅れ、笑いを誘っていた。つづく民族打楽器の合奏でもアンコールが。卒業式でのミニ公演もそうだったが、卒業生たちは伸び伸びと笑顔で演じていた。
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 それを見守る先生たちや保護者たちも笑顔で拍手を送り、ビデオを回していた。止まってほしい時間がある、去りがたい場もある。正にそんな風景だった。
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  アボジとオモニによる「우리자랑 이만저만 아니라오」と「소방울소리」の歌声が場内に響き、それが終わるとオッケチュムだ。「結婚式見たい…」。そんな感想がもれていた。何人かの卒業生たちは、そんなうれしそうな父母の姿をカメラに収めていた。
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卒業生と保護者が作るアーチの下を先生たちは退場した。「コマッスムニダ」、「チュカハムニダ」の声が入り交じっていた。
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 先生が退場した後、卒業生一人ひとりが「感謝の手紙」を読み上げ、保護者に手渡した。この場面では、思わず涙をぬぐう保護者もいた。娘に抱きつこうとしてふりはらわれるアボジ、大半は逃げ出していたが、中にはすすんでオモニに駆け寄る息子もいた。
 日本の中学に「転出」する児童もいるようだ。運動会や学芸会など、ウリハッキョの行事には気軽に訪れればと思う。生まれた所が故郷といいがたい在日にとって、ウリハッキョがそんな所なのだから。東京第は、3年後に創立70周年を迎える。成人を迎える年には、先生と保護者を招き謝恩会を催している。そんな場でも同級生の「再会」が果たせればと願った。
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