【3月22日・土曜日】
○板橋区にある東京第3
教員室のドアの前が教務主任の席だ。いつものように少しあけて
私・「何時からですか?」
金教務主任・「??」
私・「ウリマルマダン…」
教務主任・「今年は連休の前日に…」
卒業式や終業式の前日に行われる「ウリマルマダン」を楽しみにしていた。残念だ。学年別に早口言葉あり、寸劇あり、紙芝居あり、毎回レパートリーが少しずつかわる。児童たちだけではない。先生たちもアテレコや、寸劇に挑戦する。「ウリマル模範校」を目指す同校らしい学校一丸になっての朝鮮語の学びの場だ。
気持ちを切り替えて、「卒業式前日」のウリハッキョを「探索」することにした。
職員室の前では、2年担任の金先生が両手で広げたポスターに女子児童が何かをかき込んでいた。卒業を祝うポスターかと思ったら、新入生歓迎ポスターだった。

高学年の三つの教室の隔たりを取り払った「臨時講堂」、参列者の椅子はすでに並べ終わっていた。5年担任の許先生が児童に何かを話していた。床に座って花を作くる児童もいた。卒業生が入場するときにくぐるリングにあしらう花だ。

1年生の教室では起立して「送る言葉」の練習をしているようだ。
黒板には、1あいさつの練習、2文集(書く)、3文集(糊づけ)、4卒業式の練習(昼食)掃除、下校準備、2時下校と書かれていた。もちろんすべてウリマルだ。「イェー」という返事もおぼつかなかった児童が、一年で…。そんなことを思うだけで感激してしまった。

隣の教室ではハサミで紙を切り抜いていた。卒業式か入学式でつかう飾り物を作っているようだ。

6年生は音楽室に集まっていた。机の上で何かを書いている児童もいたが、何人かの児童は教室の後ろで黒ぶちのメガネをかけたり外したりして笑っていた。

校庭を見下ろすと、女子児童が1人で一輪車に乗っていた。何年生だろう? 下級生は卒業式の準備をしているはず、抜け出してきたのか? 卒業をひかえた6年生が「最後の特訓」? そんなことを思いながら、練習用の手すりをつかみながらよろける児童の姿を追った。あれこれ想像するのも、ウリハッキョを訪れる楽しみの中の一つだ。

トイレには真新しいスリッパが並んでいた。
昨年秋、教育実習に来た2人の朝大生のことが思い出された。
卒業と配属先を報告しに学校に来て、学童保育?に参加している児童と遊んだり、校内のトイレの履物の交換をてつだったりして行った。このことは、3月18日発の学校通信digital版「ムジゲ」で知ったのだが、この日も金教務主任は「こんなこと初めて…律義なトンムたちだ」とほめていた。1人は地元の北海道のハッキョに、もう一人は栃木のハッキョに決まったとのことだ。

「臨時講堂」には、在校生が描いた23人の卒業生の似顔絵を貼ったポスターが置かれていた。似顔絵の下には小さな文字で「○○が一生懸命描きました」と記されていた。

校長室に行くと、当日校舎の前に立てかけられる「第67回卒業式」の看板が明日の出番を待っているようだった。

○東京第9へ
バスと電車を乗り継いで杉並区にある東京第9へ。
校舎のベランダで児童がたて笛を吹きながら、行ったり来たりしていた。
卒業式で演奏するとのことだ。

運動場では、体育の時間なのか、休み時間なのか、5人の児童が一輪車に乗っていた。

玄関では 、3年担任の金先生が壁に「卒業祝賀」の文字と卒業生の写真を貼り付けていた。名前からすると、男子児童は一人だ。

卒業式の会場になる多目的ホールでは、趙教務主任と5年担任の長身の姜先生が児童と一緒に会場づくりをしていた。椅子は並べ終わり、女子児童が舞台や手すりに紙の花と折り紙でつくった紙の輪をテープで止めていた。

看板のとり付けも最終段階だ。

1人の男子児童が黙々と椅子を拭き続けていた。

玄関の正面の壁に貼られていた写真に見入る男子児童に声をかけた。
私・「どこにいるの…」
長身の彼がはにかみながら写真を指差した。

1年生のときから頭一つ飛びぬけていた。
私・「1年生の時から大きかったんだ。身長は?」
児童・「177センチあります」
私・「アボジは?」
児童・「アボジは、180センチは…」

卒業式のリハーサルがはじまった。入場と表彰状の受け渡しは入念に繰り返されたが、挨拶、祝電の紹介、記念品の伝達などはやったつもり、したつもりだ。

そんな様子をブルーのジャージを着た担任の金先生は、何も言わず後ろの席で見つめていた。就任2年目、初めての卒業班の担任だ。当日、児童の名前を呼べるか少し心配だ。
