【2月12日・水曜日】
駅に向かう途中、バス停でバスを待つ男子児童が見えた。ランドセルから定期入れがぶら下がっている、近隣の小学生の下校時間としては遅すぎる。スポーツウエアーを着ているので、制服が見えなかったが、ウリハッキョの児童のようだ。すれ違った瞬間、「アンニョンハシムニカ」だ。
乗り継ぎのバスを待っているところだった。引き戻して二言三言、言葉を交わした。
私・「学芸会の練習は?」
児童・「一生懸命…」
私・「インフルエンザは?」
児童・「風邪はひいていません。学級のトンムたちも…」
受け答えがしっかりしていた。5、6年生かと思ったら、4年とのことだ。
カメラを構えて振り返ると、笑顔で手を振ってくれた。

高校無償化連絡会の会議に行こうと家を出たものの、身にしみる寒さに引き返そうと思っていたが、児童の笑顔に背を押され会場に向かった。
電車の中でふと許南麒氏の「아이들아 이것이 우리 학교다(子どもたちよ、これが私たちの学校だ)」の詩が思い浮かんだ。韓国のシンガーソングライターが曲をつけてうたっているが、その歌は小学校のころ、国語の先生から習ったことと少し解釈が異なると日ごろから思っていた。
韓国人歌手の歌のイメージは朝鮮の子どもたちよ、頑張れだが、国語の先生は、子どもたちから大人が元気をもらっているということだった。
ウリハッキョに通う児童は、詩が作られた1948年当時も今も、同胞社会の「元気の源」だ。
××

連絡会の会議の主要議題は今月28日に予定されている「東京朝鮮高校生の裁判を支援する会」結成集会の打ち合わせだった。動員、集会の進行、資料集の作成、マスコミ対策などなど、盛りだくさんだ。別件で途中退席したが、それ以外にも4月の東京第6訪問、ドキュメンタリー映画「60万回のトライ」への協力なども、議題にあがっていた。
奇数月刊行誌『朝鮮学校のある風景』24号に加筆して掲載します。