【6月28日・金曜日】東京第9での応急救護訓練へ
「訓練」の30分前に着くと、運動場では体育の授業、鉄棒の時間だ。
「ポーズを決める」、「怖がってはダメ」
4年担任の金先生の声が飛んでいた。
児童たちは、両手を高く掲げてハイポーズだ。
「つぎは逆上がり…鉄棒の高い低いは問題ではなく…」

そんな様子を2階のベランダから2人の児童が眺めていた。1年生の教室だ。

2階の校舎に 上がって行くと、3年生と4年生の教室は誰もいない。椅子に制服がかかっていた。運動場で体育の授業を受けている学年だ。以前、体育は「合同授業」と、聞いたことを思い出した。
ベランダから運動場を見ていた1年生の教室をのぞくと、3人の児童がノートに文字を書いたり、落書きをしたりしていた。空手着を着た児童は床に座ってだ。
机に座って何かを書いていた担任の金先生は、ときおり笑顔でそんな児童の姿を追っていた。
教室を出てきた先生に、「何の時間ですか」と訊ねると、「自由時間です」の答えだ。
授業は終わり、学童と下級生のクラブ活動がはじまるまでの時間を潰していたようだ。

しばらくすると運動場が騒がしくなった。
消防車が到着したのだ。体育の授業を受けていた児童は、一斉に駆けより校門を開けていた。

校舎の正面の案内板には、「『美味しいカレーをつくろう』運動」のポスターと得点表が貼り出されていた。
キャベツ組、ジャガイモ組、キュウリ組、玉ねぎ組、トウモロコシ組、ニンジン組の6つに分かれての競走だ。キャベツとキュウリがカレーに? そんなこと思ってみていたら、目的と課題などを書き忘れてしました。確か、ウリマル100%とか、家事を手伝うとか、トマトを育てることなどが掲げられていたはずだ。

ピンク色で囲まれた1年生の下駄箱には、8足の靴が並んでいた。赤い靴の片方がころがっていた。

しばらくすると、多目的ホールで、高学年を対象にした杉並救急隊による応急救護訓練がはじまった。
全員、起立して「今日は僕たちのために…よろしくお願いします」。声が揃っていた。
消防隊員は、児童たちの日本語での挨拶に、ほっとしたのではないかと思った。
訓練が始まる前の会議室。
私・「朝鮮語ができる方は?」
隊員たち・顔をみあって「アンニョンハシムカ、程度しか…」、「韓国語バージョンのAED、積んでいったっけ…」。
私・「日本生まれだから大丈夫ですよ。学校では朝鮮語、家では…」
隊員・「学校では日本語はだめですか?…」
そんなやり取りをしていたからだ。それでも、集まってきた児童たちがウリマルでじゃれあう姿に多少不安を感じるような素振りだった。
まずは、AEDを使っての心肺蘇生法。肩をたたきながら大きな声で反応を確認して、119への通報を指示し、心臓マッサージ、胸骨圧迫を30回…人工呼吸を2回、電極パットの装着…。
「AEDには英語と韓国語のバージョンもあって…」そんなことも言っていた。

「では、やりたい人」の声に、一斉に手と声が上がる。 初めて参加する4年生の児童が2人1組になって、「挑戦」することになった。
「大丈夫ですか」、大きな声で「反応」を確認して、「だれか119番…」。
時折「そんなことじゃ、死んじまうぞ」と、5年担任の姜先生の声が飛んだ。「大丈夫ですか」と言いながらソンセンニムの名前を呼ぶ「ふとどき者」が現われることもなく、児童たちはいたって真面目に「訓練」に参加していた。
つづいて三角巾を使っての止血法と骨折した時の対処法などの「訓練」。三角巾を上手に結べた児童は一人もいなかった。ゆるゆる、力不足? 練習が必要なようだ。
消防隊員の中からは「なかなか元気でいい」、「賑やかに反応してくれて…」。そんな声が。
「心臓マッサージの早さは?」、「なぜ、人工呼吸を直接してはいけないのですか?」、「(電極マットをぴったりと貼り付けないと)なぜ、こげちゃうのですか?」。積極的に質問もしていた。

その頃、校門には集団下校する低学年の児童が集まっていた。ここも賑やかだ。
担当の先生の顔は、黒い日傘に隠れて見えなかった。雨が降っていないのに、を真似ているのか、ビニール傘をさしている女子児童がいた。
応急救護訓練は、消防隊員と一緒に記念写真を撮って修了。小型のスクールバスがようやく通れる狭い道を消防車は「右に○○度」などの指示に従い、何度もハンドルを切り返して戻って行った。
駅の近くで、先ほど低学年と一緒に駅に向かっていた先生とすれちがった。3年担任の金先生だった。暑いのに、長袖のジャージ姿だ。「日焼けが大敵」なようだ。
