朝大での「学科別研究討論会2013」へ。 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【6月27日・木曜日】朝鮮大学校での「学科別研究討論会2013」へ。
とても意欲的な取り組みだと思った。学内をあちこちうろつきながら、ちょっと意地悪な質問をぶつけたり、動じることなく応じる学生たちに感心したり、「刺激」的なひと時を過ごせた。はっきり言えることは、「私のチョーデーセンファル」とは、全く違う世界が広がり、生活文化が育まれているということだ。
 
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午前に行われた「分科別研究討論会」が186タイトル、午後のセミナーは28タイトル、ポスターセッションは、関東大震災90周年パネル展示を含めて44タイトル。それと共に4・24教育闘争65周年記念シンポと祖国解放戦争勝利60周年記念ファイルなど、企画も盛りだくさん、テーマも多岐にわたった、全校生参加型のイベントだ。いかにも朝大生らしい発表もあったが、「朝大でこんなことも」、そんなテーマも少なくなかった。
 
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関東大震災90周年のパネル展示会場では、「新聞が流言をそのまま報道した」との手書きの展示物を前に、当時、記者が取材して「そのまま報道した」のか、あるいは当局の発表を「そのまま報道したのか」、「報道させられたのか」をめぐって、しばし意見交換をし、4・24教育闘争のシンポでは、当時、犠牲になった朝聯兵庫県本部の朴柱範氏が青年に残したという、「私は老人だからいつ死んでも悔いはない。だが、偉大な人民共和国の繁栄する日々を見ることができないのが心残りだ。若いトンムたちの奮闘に期待する」との言葉に胸打たれた。この文の「出所」を確認することができず残念だった。
朝大生の「生活習慣」に関する研究発表は、「意外」の連続だった。自分が太っていると思っている女子学生が多数を占め、朝食を食べない学生が多く、体を動かさない学生が少なくないということだ。肥満、欠食、運動不足、私が在籍中には考えられないことだ。食堂で一番の人気メニューがスパゲッティだということにも驚いた。
 
毎朝、小川上水までのアチム タルリギ、雨が降ったらヨングダン タルリギだ。授業が終わってすることがないと、ひたすら走っていた。タルリギは「外出許可書」が入らなかったからだ。
「肥満」どころか、学友が心臓手術をするというので、東大病院に11人で献血に行ったら、10人が言われたことは「血・が・と・て・も・薄・い。何食べてるの?」だった。その日、学友のオモニからいただいたお金で、鷹の台駅前の中華屋で食べたレバニラ炒めの味がいまだに忘れられない。外出禁止で「三分間」にも行けなかった。行くカネがなかった。
売店にはロールケーキ(60円だった)しか売っていなかった。ときどき10円のインドリンゴ。自販機も牛乳(20円)のみ2台、すぐに売り切れの赤いランプが。そのロールケーキもホシルの誰かのセンイルの時だけ、それも半分と牛乳で、「チュカハムニダ」だ。プレゼントは皆で使う粉せっけんだ。
食堂での三食が唯一の空腹を満たす場、夜、お腹がすくとトイレに行って水を飲んでいた。日曜日、
 
外出するトンムの食券をくすねて、あげパンを2~3人分を食べるのが楽しみだった。スパゲッティ? そんなの食堂で食べたことない、人気メニューといえば断トツ、コチュジャンで真っ赤かにした大盛りビビンパだった。
40~45年前、今思えば、それでも愉快な「チョ―デ・ライフ」だった。
 
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在校生が、他の学部、学科の発表を見て、聞いて、研究成果に接することは、とても良いことだと思った。こういう積み重ねが、先生と学生、学生間の意思疎通を円滑にするばかりか、新たな「学内文化」を形作るきっかけにもなるのだろう。残念だったのは、今回初めて「朝鮮学校父母や卒業生の見学も可」となったが、外部からの参加者が少なかったことだ。
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フェイスブックには「息子も論文(リポートのような)を書いていました。やっぱり行けば良かったかな一般参加が可能になったというアナウンスが不十分だったような気がします」とのコメントが寄せられていた。平日開催が一般参加を妨げたのかもしれない。「分科別研究討論会」や「セミナー」を東京朝高と茨城朝高の合同授業に組み込むとかして、朝高生の「朝大体験」の一環としてもいいのではと思った。