【4月7日・日曜日】東京第9の入学式へ
JR阿佐ヶ谷駅から○○病院を抜けて、道路に出ると、赤いピカピカのランドセルを背負った女子児童に出会った。ランドセルからぶらさがった定期入れを見て、ウリハッキョの児童ではないかと思って近づいて行った。
手を引かれながら、時折オモニの顔を見て、ウリマルで何かを繰り返していた。
「私は○○○です。友だちと…学びます…」
途中でつかえるとオモニが助け舟を出していた。
私・「チェーグー…」
オモニ・「そうです。女の子ばかり…。バス通学です」
オモニも東京第9に通ったそうだ。当時は1学年に30人はいたという。
そんな大人たちの話をよそに、女子児童はひたすら同じ言葉をそらんじていた。

数日前の修了式とは打って変わって、この日は華やいでウキウキした雰囲気に包まれていた。
新入生には初めての学校生活だが、在校生たちも新学年がスタートする。教室が変わり、担任の先生が変わり、6年生は最高学年、4年生は少年団員に、3年生は低学年のマジ(長)として…5年生や2年生もそれなりに、役割分担が変わる節目の日でもある。
男子児童が来賓用のスリッパを1足ずつ拭いていた。受付の前に集まった女子児童は、金先生の話に集中していた。受付の手順を話しているようだ。

会場の多目的ホールに行くと、入学式の看板や歓迎のスローガンが貼られ、机や椅子も並べ終わっていた。
高学年の児童が椅子と椅子の間をモップで拭いていた。往復すると次の児童にバトンタッチだ。
軽快な音楽が鳴り出すと、モップで床を拭きながら、腰をふりふりする児童、椅子と椅子との間にかがみこむ児童、入学式が始まるまでのひと時を楽しんでいるようだった。
2人の児童に「何年生?」と、話しかけると、一人は5年生、もう一人は6年生との答えが返ってきた。
すると、6年生と答えた児童が「おまえ、もう一度5年生をやるのか」と、からかっていた。
5年生だと答えた児童はあわてて6年生と言い換えていた。

時折校門が騒がしくなる。新入生だ。アボジ、オモニだけではく、ハラボジ、ハルモニも一緒だ。大きなキャリーパックを引いて玄関に入ってくる年配者もいた。遠方から孫の晴れ姿を見に来たのだろう。
教務主任の金先生が大きなカメラを持って、校門まで走って行った。入学式の看板を背景に、記念写真を撮るのだ。いつもの「キャメラ」、「キャメラ」ではなく「カメラ」と言う声が聞こえた。
校門にはもう一人年配の男性が立っていた。いやに愛想がいい。鄭校長に保護者ですかと訊ねたら、警官とのこと。マスコミで「北朝鮮情報」が流されるたびに派遣される「顔馴染みの私服警官」とのことだ。

ほとんどのアボジが、「入学祝賀!」という言葉の下に張られた新入生の写真をデジカメやビデオに収めていた。着飾ったオモニたちはスマホだ。

中央2段8列、1年生用の靴入れは紙の黄色い花で囲まれていた。名前がウリマルで書かれていたので、ほとんどの児童たちは、アボジやオモニに助けを求めていた。

6年生にひかれて新入生が入場。胸には名札と「阿佐ヶ谷朝鮮学校サランの会」がプレゼントした手製のブローチが付けられていた。制服であったり、鮮やかなチマチョゴリであったり、まちまちだが、みんなが笑顔だ。

朝鮮新報の記者が舞台に座った新入生にカメラを向けていた。1年先輩の記者と一緒に取材に来た新入社員だ。日比谷野外音楽堂での3・31全国集会で会ったときは、背広にネクタイ、カバンを持ってかしこまっていたが、この日は動きやすい軽装に変わっていた。式が始まる前、ピカピカの名刺をくれた。
「今日は東京都内の初級学校は一斉に入学式なのに、なぜ第9に?」と訊ねると、それらしい答えが返ってきた。

会場を見下ろす場所では、「アボジ撮影隊」の5人がビデオを回し続けていた。朝大の先生もこの日は、新入生専属カメラマンとして、教壇では見せることがないであろう笑顔で新入生の一挙一動を追っていた。 後で聞いたら、知人の娘の撮影を頼まれたようだ。

その頃、運動場では地元中野・杉並の若者たちが屋外用のテーブルを組み立て始めていた。3・31集会で一週間先延ばしになった「野遊会」の準備だ。校舎の傍の桜の樹の下には、七輪が並べられていた。
「天気予報は大雨に強風だったが…強行してよかった」、「今日を逃すと…」、「雨が降ったら、会場を運動場から多目的ホールに移して、外のテントの中で焼いた肉を運ぶつもりだった」。
そんな話が行きかっていた。
時折、強い風が吹いていたが、雨は降りそうもない、暑いぐらいの陽気だ。

入学式の会場では、「サランの会」を代表して区議会議員が祝辞を述べていた。
…人生には辛いこと、悲しいことがありますが、日本人の中にもみなさんを手助けする仲間がたくさんいるということを覚えていてください。民族文化と民族の誇りを持って、学んでください…
つづいて鄭校長が新入生に語りかけるように祝辞を述べた。
「ウリハッキョ、朝鮮学校に通うことになりました。学校の名前知っている人?」
舞台に座った新入生の一人が手をあげた。
「みんなで言ってみましょう」
新入生は声をそろえて、「チェーグーハッキョ(第9学校)」
「10点満点です」との鄭校長の言葉に、みんな嬉しそうに笑っていた。
鄭校長が、大きな声であいさつを、仲良く元気に、電車や車に気をつけて、楽しい学校生活を送りましょうと、新入生の方に顔を向けると、「イエー」という元気な答えが戻ってきた。
そんな様子を「サランの会」で会報を担当している茅原さんは、会場を行ったり来たりしながらカメラに収めていた。

そして新入生の決意表明。一人ひとりが立ちあがって、一言メッセージを発していた。
マイクを向けてもしばらく首をひねっている子、マイクを握って話し出す子、オモニを見つめて話す子など、様々だ。日本語で「頑張ります」という児童もいたが、「勉強も運動も…」、「1輪車に乗りたいです」とか、「一生懸命勉強します」」とか、たどたどしいがウリマルで話す児童が多かった。
学校に来るとき、オモニに手をひかれながら繰り返していた児童は、この練習をしていたのだ。途中、何度か詰まったが、会場からのオモニの助けもあって、「母娘共演の決意表明」は無事終わった。
ポケットから原稿を取り出し、「ヨロブン」と、流ちょうなウリマルで決意表明をした児童には、ひときわ大きな拍手が送られた。この日、仕事で参加することができなかった、コンゴ人の父親がこの場にいたらどんなに喜んだであろう。

続いて教職員の紹介だ。これまでの先生たちに、東京第1から転任してきた先生が一人加わった。6人の担任の名字は金と姜のふたつ。1年から4年生までの担任は全員が金、最後に5、6年の担任紹介で残ったのは2人とも姜先生だ。長身の男性の先生が昨年と同じく5年、小柄ながら元気な女性の先生が6年担任となった。もっと騒ぐと思ったら、児童たちは以外におとなしかった。

式が終わると、会場の整理だ。椅子をたたみ、倉庫に入れていたのは6年生、鄭校長は、長身の児童ともくもくと紙吹雪を掃き集めていた。

そして、記念写真。舞台に上がって娘の隣に立って写真を撮られたり、舞台から下りてきて娘を撮ったり、アボジたちは大忙しだった。

教室に戻る1年生を追っていくと、「緊張した」とか、「足が震えていた」とか…一人ずつの決意表明のときのことを話していた。「お守りブザー」をもらえて嬉しかったようだ。


