【3月29日・金曜日】
文科省前で、「朝鮮高校『無償化』除外反対」の大きな看板を掲げた「座る人」の傍で1時間余り、行動をともにした。
3月に入り、フェイスブックやツイッターに、朝鮮学校への授業料「無償化」適用を求めて文科省の前で座っている人がいるとのニュースが流れた。在日の青年が1人で始めたのだが、それを知った人たちが一緒に座ったり、差し入れをしているということが、続々アップされていた。。
「…きっかけとしては、率直に告白しますと『勢い』的なところがありました。
『もうすぐ3月1日(今から94年前に日帝支配下の朝鮮で独立運動がありました)だな。何かしてみたいな。そうだ文科省前で座ろう』という感じです。確か3日くらい前に思いついたと思います。」
「題名未設定」のブログには、こんなことが書かれていた。http://suwaruhito.tumblr.com/
「…きっかけとしては、率直に告白しますと『勢い』的なところがありました。
『もうすぐ3月1日(今から94年前に日帝支配下の朝鮮で独立運動がありました)だな。何かしてみたいな。そうだ文科省前で座ろう』という感じです。確か3日くらい前に思いついたと思います。」
「題名未設定」のブログには、こんなことが書かれていた。http://suwaruhito.tumblr.com/

昼過ぎに着いた。
ブログには、「座る以外にたいして何もしません。本当は声をかけていただいた方ともあまり話したくはありません、実は。」と、書かれていたので、しばらく遠巻きにして見ていた。
この日は、3人の青年が「座る人」をしていた。
ブログに「本来どなたにも開かれた空間であるからです」とも書いてあったので、私も「座る人」に同調することにした。
3人の「座る人」は、文科省の正門に向かって座っていたが、私は正門に尻を向けて座った。私なりの「抵抗」のつもりだ。
最初に話しかけてくれたのは、○回目だという日本人の青年だった。
私なりに、在日の歴史、民族教育の歩みなどを話した。時折、桜の花びらが「座る人」たちの頭上を舞っていた。
あたりが騒がしくなった。
シートをひいて寝転んでいた一人の「座る人」が立ちあがり、両手を組んでデモをする人に目を向けていた。
「子どもの貧困なくせ」とか、「子どもの未来を奪うな」だとか、「教育格差なんてもううんざりだ」、「当事者の声を聞け」というプラカードが見えた。
大きなカメラを持ったり、プレスの腕章をしたりした人が「座る人」の脇を通り過ぎて行ったが、「朝鮮高校『無償化』除外」の大きな看板は見えないようだ。素通りだ。
中央に座っていたマスクをした「座る人」は、携帯を片手にデモ隊を見ていた。
ブログには、「座る以外にたいして何もしません。本当は声をかけていただいた方ともあまり話したくはありません、実は。」と、書かれていたので、しばらく遠巻きにして見ていた。
この日は、3人の青年が「座る人」をしていた。
ブログに「本来どなたにも開かれた空間であるからです」とも書いてあったので、私も「座る人」に同調することにした。
3人の「座る人」は、文科省の正門に向かって座っていたが、私は正門に尻を向けて座った。私なりの「抵抗」のつもりだ。
最初に話しかけてくれたのは、○回目だという日本人の青年だった。
私なりに、在日の歴史、民族教育の歩みなどを話した。時折、桜の花びらが「座る人」たちの頭上を舞っていた。
あたりが騒がしくなった。
シートをひいて寝転んでいた一人の「座る人」が立ちあがり、両手を組んでデモをする人に目を向けていた。
「子どもの貧困なくせ」とか、「子どもの未来を奪うな」だとか、「教育格差なんてもううんざりだ」、「当事者の声を聞け」というプラカードが見えた。
大きなカメラを持ったり、プレスの腕章をしたりした人が「座る人」の脇を通り過ぎて行ったが、「朝鮮高校『無償化』除外」の大きな看板は見えないようだ。素通りだ。
中央に座っていたマスクをした「座る人」は、携帯を片手にデモ隊を見ていた。

デモ隊が通り過ぎると、 最初に座り込みを始めた「座る人」が声をかけてくれた。様々な人が来るようだ。
しばらくすると、男性が「座る人」に声をかけてきた。「記事」がどうだとか、「写真」がどうだとか…そんな話声が聞こえた。
街宣車が通り過ぎて行く。すると、やはり寝転んでいたもう一人の「座る人」が立ちあがっていた。
「座る人」がスケッチブックを取り出し油性ペンで書き始めた。
「朝鮮学校にも 無認可校にも/中退者にも 中卒者にも/寝そべりものにも 誰にも/差別なき 高校「無償化」が必要」。「NO!! 皇民化教育」との文字が書き加えられた。
どこか送るのか、それを写メしていた。
「連絡会」で顔なじみの男性が、「多慶屋のお花見セットを買ってきた」と、袋一杯のお菓子を差し入れに来た。
しばらくすると、男性が「座る人」に声をかけてきた。「記事」がどうだとか、「写真」がどうだとか…そんな話声が聞こえた。
街宣車が通り過ぎて行く。すると、やはり寝転んでいたもう一人の「座る人」が立ちあがっていた。
「座る人」がスケッチブックを取り出し油性ペンで書き始めた。
「朝鮮学校にも 無認可校にも/中退者にも 中卒者にも/寝そべりものにも 誰にも/差別なき 高校「無償化」が必要」。「NO!! 皇民化教育」との文字が書き加えられた。
どこか送るのか、それを写メしていた。
「連絡会」で顔なじみの男性が、「多慶屋のお花見セットを買ってきた」と、袋一杯のお菓子を差し入れに来た。

1時間余り「座る人」をして帰った。
この3年間、文科省前では幾度も横断幕を掲げて、シュプレヒコールを叫んだり、チラシを撒いたりしたが、「座る人」もアリだと思った。
× ×
3月31日の日比谷野外音楽堂での集会とパレードの打ち上げに2人の「座る人」が来ていた。
「座る人」を始めた青年は、とても背が高かった。
これを持ってパレードに参加したと、黒地に白字で書かれた紙を掲げた。文科省前で書いたのと同じ文面だ。
もう一人は、文科省前で掲げていた手書きの「教育の自由なくして機会平等はない!! 朝鮮学校、無認可校の生徒にも無償化を!」とのスローガンを見せた。
長谷川事務局長の「なんでも、遠慮なくしゃべって…」との注文に、ウイットに富んだ話で応えていた。
「座っている。座り続けていると、かえって座りづらくなる…」、「今日は座る人ではなく、歩く人でした…」
「座りづらくなる」その心情を淡々と語っていた。
「いつまで座り続けるのか」という問いには、「3・1節から始めたから、絵的には『サイサ』(4・24=1948年の教育闘争の記念日)だが…そうもいかない事情もあって、でももうしばらくは…」
この3年間、文科省前では幾度も横断幕を掲げて、シュプレヒコールを叫んだり、チラシを撒いたりしたが、「座る人」もアリだと思った。
× ×
3月31日の日比谷野外音楽堂での集会とパレードの打ち上げに2人の「座る人」が来ていた。
「座る人」を始めた青年は、とても背が高かった。
これを持ってパレードに参加したと、黒地に白字で書かれた紙を掲げた。文科省前で書いたのと同じ文面だ。
もう一人は、文科省前で掲げていた手書きの「教育の自由なくして機会平等はない!! 朝鮮学校、無認可校の生徒にも無償化を!」とのスローガンを見せた。
長谷川事務局長の「なんでも、遠慮なくしゃべって…」との注文に、ウイットに富んだ話で応えていた。
「座っている。座り続けていると、かえって座りづらくなる…」、「今日は座る人ではなく、歩く人でした…」
「座りづらくなる」その心情を淡々と語っていた。
「いつまで座り続けるのか」という問いには、「3・1節から始めたから、絵的には『サイサ』(4・24=1948年の教育闘争の記念日)だが…そうもいかない事情もあって、でももうしばらくは…」

席に戻ると、やはり携帯とにらめっこをしていた。

× ×
3・31集会関係者が集会で採択されたアピール文を文科省に提出した4月3日にも、文科省前には「座る人」の姿があった。大雨と強風の中でも「座る人」を続けていたのだ。
「朝鮮新報」の電子版で、雨合羽を着た、その姿を見たとき思わず、「チンチャダ(本物だ)」と、叫んでしまった。「チンチャ」彼だというのではなく、「無償化」に傾ける気持ちが「チンチャ」だということだ。ik
3・31集会関係者が集会で採択されたアピール文を文科省に提出した4月3日にも、文科省前には「座る人」の姿があった。大雨と強風の中でも「座る人」を続けていたのだ。
「朝鮮新報」の電子版で、雨合羽を着た、その姿を見たとき思わず、「チンチャダ(本物だ)」と、叫んでしまった。「チンチャ」彼だというのではなく、「無償化」に傾ける気持ちが「チンチャ」だということだ。ik