大同窓会&練馬の新入生歓迎会・下 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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大同窓会には、学校から金校長と金教務主任、前年度2年担任だった金先生が参加した。教務主任は1974卒の27期生だ。
何人かの卒業生が舞台に上がった。
トップは、「第3 が生んだキャプテン翼! 在日のサッカー少年少女たちの憧れのヒーロー! 安英学選手の入場です」と、ワールドカップの入場曲と共に紹介された。
素晴らしいスピーチだった。
…小さな学校の小さな運動場で夢を育みました。楽しい学校生活でした。卒業生が力を合わせて、ウリハッキョを守っていきましょう。自分が父親になって、アッパの心情が分かるようになりました。うちの子に民族教育をさせたいし、朝鮮人として育ってくれることを願っています。そこの○○トンム、お金儲けしたら学校のために役立てましょう。
ちょこまかと動き回る息子に目をやりながら、力強い言葉がつづいた。
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続いて、「キム・イルウ選手」の入場が、なぜかアルマゲドンの主題歌と共に告げられた。
学校に着くなり、青年同盟の李部長が言っていた「紹介しますから」というのはこのことだった。
参加者の大部分は40期、50期、司会者の朝大4年生は57期生だ。1991年卒の44期卒の安英学選手ですら、「みんな若く、知っている顔が誰もいない」と話していた。教育会の安会長が7つ下、「場違いだったかな」と言いながらも楽しく語っていた居酒屋の店主の李さんは33期だ。「15期卒業生の最長老」として、紹介されたようだ。
1962年卒の15期です。この鉄骨の校舎が建った年に卒業しました。50年も前のことです。それまでは運動場にアパートを改修した校舎がありました。今は運動場が狭くて、東京朝高で運動会をしていますが、そのときはここで運動会ができました」
一段高い舞台から眺めると、20代、30代の若者だけだ。50年も前の話にキョトンとしている参加者も、最後は温かい拍手を送ってくれた。何人かの同級生に声をかけたが、結婚式などが重なり、会えずに独り寂しい思いをしていたが、話しながら力がわいてきた。大きく飛び立ってほしいと思った。そして、時には羽を休め、力を蓄えにウリハッキョに来てくれればと思った。卒業生の癒しの拠り所、パワースホットとしても、ウリハッキョをなくしてはならないと思った。
3階の歓迎会に参加していた何人かが大同窓会に合流した。
早速、安選手にサインをもらっていた児童もいた。その児童のアボジは「信じられますか、うちのがソンセンニムだったって…安選手も担任したって…」と、言いながらも、満更でもないようだった。
舞台に立って、少し高ぶった気持ちを鎮めるために、階の会場をのぞいた。オモニたちはおしゃべりをつづけていた。児童は廊下を走り回っていた。
校庭に戻ってくると、男子は腕相撲、女子は押し相撲大会だ。
腕相撲は、教育会の安会長と朝大に通う息子との親子決戦、アボジが不利に見えたが、息子は完全に力負けしていた。女子は、児童たちの応援が功を奏したのか、第3の金先生が制した。
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「ウリル ポシラ」が流れる中、しめの言葉だ。
…民族の言葉や文化、素晴らしい友だちと出会わせてくれた第3…そのウリハッキョが困難な状況にあます。…今、卒業生であるわれわれの力も求められています…そのために必要な活動の一つが愛校会です。愛校会のように年代を超えた活動のみならず、各年代の同窓生同士の結束を強める必要があります…これから、各年代で同窓会などを通じて交流を深め、連絡を取り合い、第3の現状を知らせましょう…。
校舎の耐震工事への協力も念頭に置いているようだ。
参加者は、二人の司会者の言葉をしっかり受け止めていたようだ。
そして、参加者全員で記念写真だ。話が尽きないのか、なかなか席を立とうとせず、並ぶのにずいぶん時間がかかった。
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準備は実行委員の何人かで行っていたが、後片付けは参加者全員で取り掛かっていた。そこには「お客さん」はいなかった。みんなが東京第3の卒業生として、愛校会のメンバーとして、できることを探し始めていた。気持ちが一つになっていた。ik
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