東京第3の卒業式&謝恩会・涙×笑い-下 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【3月17日・日曜日】東京第3の卒業式&謝恩会・涙×笑い-下
 
○児童と先生、親と子の絆強めた謝恩会
 オモニたちの「お姉さん的存在」の司会者の巧みなリードもあって、謝恩会は終始、アットホームな雰囲気に包まれた。
 卒業生は先生と一緒に、前列二つのテーブルを囲んだ。卒業生の前に置かれたケーキには名前を書いた小さなプレートが立っていた。
 金校長・「昨年、お前たちもあんなに泣いたのか?」
 男子児童・「泣きませんでした」
 金校長・「5年生も、4年生も式が終わっても泣きやまず…」
 女子児童・「それを見て、もっと泣けました」
 男子児童は、翌日男子だけで「ドラえもん」の映画見に行くという話もしていた。
私・「ニョドンムも誘えばいいのに」
金校長・「どうせ集まればニョドンムの話しかしないくせに…」
男子児童の「男同士の話もありますから」の返事には負けた。
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 いよいよ恒例になっている「私は誰ですか」のゲームがスタートした。スクリーンに映し出される幼い時の写真の主を当てるゲームだ。
 「先生が日ごろ、児童のことをどの程度知っているか、まずは先生が答えてください」との司会者の言葉に、場内から拍手だ。昨年までは、回答者は児童だったので、先生は笑っていればすんだのだが、今回はそうはいかないようだ。
 トルチャンチ(1歳のお祝い宴)の写真だと、面影から想像がつくのだが、生まれたばかりの写真は男女の区別もつかず、困り顔の先生が続出した。「許先生、許先生、もっとまじめに考えてください。今度外したら、お弁当を置いて出て行ってもらいますよ」との司会者の言葉に会場は笑いの渦だ。
 スク―リーンに写真が写したされるたびに、目のあたりはアボジにそっくりだとか、オモニに似て良かったとか、言いたい放題だ。生まれたときから○○は○○だったには、ふきだしてしまった。夫先生は、笑い転げる卒業生や涙目の保護者たちを見つめていた。例年、担任は一番終わりに紹介されるのだが、児童の紹介の途中に赤ん坊のころの夫先生の写真が突然、映し出された。予想外の展開に夫先生は少しとまどっているようで、その姿が笑いをさそった。
 幼いころから現在までの写真が何枚か紹介され、一番思い出に残った出来事と将来の夢が文字で映し出された。修学旅行やスキー教室、遠足など、屋外での活動が記憶に残ったようだ。将来の夢は、料理人、科学者、画家、サッカー選手、バレリーナ、パティシエ、メークアップアーチスト、天気予報士、ファッションデザイナー、バレリーナ、ラグビー選手など、多岐に渡っていた。司会者は「なれる」、「○○なら大丈夫」とか、「サッカー選手はライバルが多いからたいへん」などと、感想を付け加えていた。「海の中で暮らす」とか、「お化けの家を作る」とかには「何を考えているのでしょう」とのコメントを、「ラーメン屋で働く人」には、「ラーメン店の経営者になりなさい。なれる」と、また「IT関連会社の社員になる」には、「あまりに現実的、社長になるように」など、てきぱきとした「アドバイス」に会場は沸いた。
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 夫先生の夢は、先生になった卒業生といつか一緒に教壇に立つことだった。図工を担当している張先生は夫先生の東京第3時代の担任先生だ。そんな間柄になることを憧れているようだ。
 
○この日、2度目の公演は…
クラスメートの紹介に続き、「우리를 보시라(私たちを見て)」の曲に合わせてのダンスは圧巻だった。この日、卒業生の公演は、式の後の歌と踊り、現代器楽と民族器楽によるミニ公演に続き2度目だった。少し格式ばった一度目の公演に比べ、謝恩会でのそれははじけていた。
最初は恥ずかしそうに手足を動かしていた男子児童も会場からの喚声に、満面に笑みをたたえ伸びやかに、ステップを踏み始めた。中にはテンポがずれて、あたふたとペアの女子児童と腕をとりにいく男子児童もいた。女子児童は楽しんでいた。何人もがビデオやデジカメで撮られているのを知ってか知らずが、常にカメラ目線になっていた。
保護者たちは「ウリハッキョらしからぬ」演目に、多少戸惑っていたようだったが、やがて立ち上がり、背伸びをする様に児童の姿を追い、手拍子を打ち始め、ビデオを回し続けていた。表情豊かで、はじけた児童たちの姿は、いつまでも見ていたかった。アンコールの後にもまたアンコールの声があがっていた。
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つづいて、卒業生による先生への贈る言葉ならぬ、贈る手紙だ。
金校長、金教務主任、教育会の洪先生と鄭先生、3年担任の全先生、図工担当の張先生、音楽担当の朴先生、1年担任の黄先生、2年担任の金先生、卒業生の3年の時の担任でもある4年担任の金先生、5年担任の許先生、青年同盟板橋支部の李総務部長。李部長はサッカーを教えていたが、「先生」と呼ばれてキョトンとしていた。卒業生の1、2年の時の担任の秦先生、昨年度まで教務主任だった金先生、図工の先生だった崔先生、そして私にもだ。最後は夫先生だった。
思い出と感謝をつづった手紙を読み上げ、手渡されると、張先生と朴先生は児童をしっかり抱きしめていた。
私への手紙には、いつも学校を訪れ、自分たちのことを文章にして本を出してくれてコマッスムニダと書かれていた。名前を呼ばれた瞬間、予想もしていなかったので、デジカメを落としそうになった。児童が読み上げる言葉を一言も逃すまいと、その児童の顔も見ずに、必死でメモを取っていた。手紙をもらえるのにだ。余りの嬉しさに、完全に冷静さを失っていたようだ。
その後の歴代の担任からの一言には心がこもっていた。「初めて担任した1年生だった。毎日が新しい発見だった。病に伏した時、手紙をくれたこと忘れていない」(1、2年の秦先生)、「初めて先生と呼んでくれたトンムたちだ。先生になってよかったと思わせてくれた。すすんで愛を与えることができる人間になって」(3年の金先生)、「東京第3に赴任してきて初めての担任だった。他の人のために涙を流せるトンムたちを誇りに思う」(5、6年の夫先生)。4年の成先生からはメッセージが寄せられた。
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 ○そしてアボジ会の合唱
アボジたちは、「아이들아 이것이 우리학교란다(子どもたちよ、これがウリハッキョだ)」と「소방울소리(ソバンウルソリ)」を見事にうたい上げた。学芸会が終わって、記念写真を撮った後、卒業式の日に合唱することを決めていた。3月に入って毎週1回練習もした。フェイスブックを通じて「歌練」の日程が告げられたが、参加状況はかんばしくなかったようだ。「これを見たオモニたちはアボジのケツを思いっきり引っ叩いて参加させてください」、「見ちゃいました。(笑)自分で自分のケツ叩いて行きます!」。フェイスブックを通じたアボジ同士のこんなやりとりがあり、オモニ会の姜会長は「私がみんなの分まで叩きますよ(笑)」とのコメントを寄せていた。
卒業式終了直後にも、校庭で集まっていた。
「…○回の学校での練習には…一度も参加できなかったアボジも…ユウチュウブ動画画面をみて一人で特訓したアボジが…子どもたちに寂しい思いをさせないよう、全員が参加…せっかくオモニたちが場を作ってくれたのだから…」。そんな話がされていた。
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謝恩会に参加したアボジたち全員が、赤い表紙の歌詞カードを持って並び始めた。「歌練」に参加したアボジたちは、前列を占めたようだ。
みんなが声を思いっきり張り上げていた。歌声は息子、娘の前途を祝う気持ちで満ちあふれていた。思わずデジカメを手に「ナンピョン()」を撮りに席を立つオモニもいた。
歌い終わると、司会者は「こんな素敵なアッパ、いいですよね!! 今日は優しくなれます。優しくしましょう」と呼びかけていた。歌う前は、「いつも練習、練習と言っては、へべれけ…練習に行っているのか、飲みに行っているのかわからない」と、愚痴っていたのにだ。
アボジ会の歌声も素晴らしかったが、その前に行った南会長の挨拶がアボジたちの気持ちを奮い立たせたようだ。
「涙を流して恥ずかしくないときがある。息子をチェーサムに送って、本当に良かった。ソンセムニム、コマッスムニダ。毎日のお弁当、たいへんだったでしょう、オモニたち、ご苦労様でした。オモニ会のみなさんコマッスムニダ。オモニ会がなかったら…」
赤いカバーの歌詞カードを度々持ちかえて淡々と話す、南会長の目は真っ赤だ。他のアボジたちも涙を何度もぬぐっていた。下を向いたままのアボジもいた。強面のアボジは、天井の一点を見つめていた。
「昨年七月にアボジ会が結成されました。それまでアボジたちは学校ではお客さんでした。すべてをオモニたちが…」「昨晩から色々考えていたが、今の思いを率直に話すことにした」とも。飾らない言葉が人の心を揺るがすようだ。
「アボジたちも学校で居場所を見つけようと思っています。トンムたち、ウリハッキョに来たら100人以上のアボジ、オモニがいると思ってください。チェーサムにはたくさんのアボジが…」
会場から「それでいいのだ」という声が、拍手がわいた。オモニたちも涙をぬぐっていた。
「たくさんのアボジ、オモニたちに囲まれて、児童を立派に育ててくれる先生がいるウリチェーサム(私たちの東京第3)は、これからも…」
最後の言葉は、会場からの「アボジ マンセ!!」、「アボジ会、頑張って」との声で聞きとることができなかった。
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合唱が終わると、アボジ、オモニ、そして卒業生たちの拍手の中、先生たちが卒業式の時、卒業生が入場した道を退場していった。何人ものオモニたちが向かい合って両手で輪をつくり先生を送り出していた。
 
○担任は涙を流す余裕もなく
ここで一人慌てていたのが、夫先生だ。サプライズとして、児童が保護者に送る手紙を準備していたのだ。後片付けを始めようとしていたアボジとオモニは、その場に再び着席、息子や娘から感謝の一言と手紙と花束が手渡された。
思わず抱きしめるオモニ、メガネをはずして息子を肩車するアボジや、娘を抱きかかえるアボジもいた。抱きつこうとするオモニから逃げ出す男子児童や、頬ずりされ恥ずかしそうに席に戻ってくる女子児童もいた。ここでも涙を見せていたのがアボジたちだ。そんな様子を夫先生は、目に焼き付けるように見つめていた。
 
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 オモニたちは、その場ですぐに手紙を開こうとするが、「家に帰ってゆっくり」というアボジたちが少なくなかった。涙するのを見せたくなかったのかもしれない。私も女子児童からの手紙を家まで持ち帰って読み返した。
 謝恩会が終わると、長テーブルをアボジたちが1階の倉庫に運び込んでいた。「アボジ会」がきちんと機能しているようだ。
 一階から2階に上る階段の壁に貼られた1期生からの写真に、この日卒業した66期の卒業写真が加えられていた。
 それを見つめるアボジたちの表情はふたたび緩んでいた。
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この日、6年担任の夫先生の泣き顔を見ることはできなかった。終了式までの何日間、児童がいない教室をのぞくたびに寂しさがこみあげてきた。昨年度6年生を担任した黄先生からそんなことを聞いたことがある。卒業式で涙を見せなかった夫先生も今頃、ガランとした教室を見てしんみりとしているのだろう。運動場でボールを蹴る児童や、水道場で歯を磨く児童、走って校門に入ってくる児童を見ては、送り出した「6年生」の姿を追っているのかも…。
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