【3月17日・日曜日】東京第3の卒業式&謝恩会・涙×笑い
○開始50分前-今年は在校生が前列に
早速、3階の高学年の3つの教室の隔たりを取り除いた「臨時講堂」に向った。すでに「第66回卒業式」の看板が掲げられ、会場の左右には4、5年生のお祝いメッセージが、後方の壁には低学年の「卒業祝賀」のポスターが貼り出されていた。
座席は、卒業生が入退場する中央の花道をはさみ、左右に設けられていた。昨年までは、正面向かって左側に在校生が、右側に保護者が座った。
「今年は座る場所を変えてみました。在校生にもいい刺激になるはずですよ」と、金校長。すでに卒業生を除く在校生が、卒業生が座る正面舞台と向き合うようにして座り、式のリハーサルを始めていた。
金教務主任はマイクのテストを、図工担当の張先生は正面に飾られた初級学校の校章の左右にハトの飾り付けをしていた。3年担任の全先生は保護者が座るスチールの椅子を点検していた。
5年担任の許先生・「緊張していますか」
児童たち・「イェー(ハーイ)」。大きな声だ。
許先生・「朝ご飯食べて来ましたか」
児童たち・「イェ―」。もっと大きな声で応えていた。
緊張しているのは、クラスだけではなく、低学年を含めた多くの児童を前に話す許先生のようだ。66回卒業式なのに、「65回」と間違えていた。
許先生は、「卒業生に、1年生は1年間、2年生は…5年生は5年間コマッスミダと、感謝の気持ちを伝える場にしましょう」と、語りかけていた。
しばらくすると、全員で声を合わせて退場する卒業生に贈る言葉の練習が始まった。
金教務主任は、「いまのが10点にならないよう。本当の10点は本番で…」と、いつもながらのガラガラ声で、児童たちにはっぱをかけていた。
許先生は、拍手や紙吹雪を撒くタイミングも話した。
「いっぺんに撒いてしまうと、最後の方に退場する卒業生が寂しい思いをするのでは…なくなったからと、拾って撒くのは…」
許先生は大きな声で話すのが苦手なようだ。でも、いつも笑顔は清々しい。

1階と2階の間の踊り場には、関東と名古屋、東北のウリハッキョが送ってきた祝電が貼り出されていた。近隣のT幼稚園からは「卒業おめでとうございます。いよいよ中学生、明るい笑顔を忘れで、思いやりとやる気のある人間性豊かな生徒になってください」との園長名義のメッセージが寄せられていた。
1階の教員室の前の「オモニ会」の掲示板には、姜会長のお別れのあいさつと、2012年度の活動報告、それに各学年と5つの学区の責任者の「一年間コマッスムニダ」の言葉が貼り出されていた。「オモニ会」も卒業だ。
○その頃、卒業生たちは…
担任の夫先生は「受け取ったら、振り向いて一礼し…」。2階の音楽室で卒業証書授与の練習をしていた。
夫先生が何を言おうと、声をそろえて「イェ、アラッスムニダ(ハイ、わかりました)」だ。
音楽室に入ってきた1年担任の黄先生が夫先生に耳打ちする。卒業証書を受け取った直後に、1年生が花束を渡すことになったようだ。黄先生は「1年生が抱きついてきたら、両手で抱き締めてください」「両手ですよ」と。やはり「イェ、アラッスムニダ」だ。
夫先生は、やり残したことがないかと、落ち着かない様子だ。黄先生は「昨日、サプライズがあって、夫先生が泣いちゃったみたいですよ」と、耳打ちしてくれたが、その内容は聞くことができなかった。

2階と3階の間の階段の壁には、昨年の卒業生の作品とともに、すでに66期生の卒業記念作品が掲示されていた。入学、学芸会、遠足、授業などを何枚かに分けて刻んだ木版なのだが、何度見ても最上に貼られた絵は何を刻んだのか分からない。何人かの先生に尋ねても首をかしげるばかりだ。卒業式の準備をしている児童たちも「モルンニダ(分かりません)」の一言だ。担当の図工の張先生は「工場見学と修学旅行です。苦労したようですが…」と言ったが、工場見学や修学旅行のどの瞬間を描いたのか、まったく理解することができなかった。昨年の焼きものの作品は、一枚だけつなぎ合わす方向が逆になっていた。そのことは展示した時点で、誰でもわかった。ところが今回の版画は恐らく、卒業生にしかわからないはずだ。そんな謎めいた作品もまた、一つの語り草になるのだろう。それにしてもウリハッキョの児童はソンセンニムの泣き所を心得ている。教壇に立つ先生が描かれ、黒板に「부수호」と担任先生の名前を刻んでいるのだ。

卒業式のリハーサルを終えた児童たちは、それぞれ教室に戻って行った。低学年の児童たちは床に座り込んで遊んだり、アニメのビデオを見たりしていたが、高学年の児童は廊下や階段、会場の周辺を掃除していた。男子児童は同じところを何度も掃いていた。この日は、ほうきを持って戦う輩(やから)はいなかった。
○5分遅れで卒業式がスタート
「臨時講堂」の後方から卒業生が入場し始めた。地元の青年同盟の李総務部長が写真を撮ると、中央の花道に進む。左右で待ち構えていた保護者がデジカメやビデオで息子や娘、孫の姿を追っていた。昨年までは片方が在校生で、もう片方が保護者の席だったので、デジカメやビデオも片方だけだったが、今年は両方からだ。アボジとオモニ、あるいはアボジとハルモニが左右に分かれて撮っていた家族もいた。手軽になったせいかビデオ組が多くなったようだ。
正面舞台に座った卒業生の何人もが、式がはじまってもいないのに目頭をぬぐっていた。卒業生の正面に座った在校生たちもだ。
まずは、金校長の学事報告。6年間を振り返り、一人ひとり名前を読みあげて贈る言葉に、壇上の卒業生の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。称え、叱り、励ます言葉が詰まっていた。
「何事もやってみたいという好奇心が強いことは良いことです。始めたことは自分の力を信じてやり遂げましょう。中学生になったら、集中力を高められるように努力しましょう」
「すべてのことに情熱を傾けましょう。始めると手早く着実なのに、ふざけていてチャンスを逃すことがあるので気をつけなくてはなりません。中学生になったら何事にも意欲をもって臨みましょう」
「勉強も生活も着実で、真摯な態度がとても良かったです。中学生になったら、ハイレベルのライバルを探し、負けないように強い力を育みましょう」
「優しく親切で下級生にとても人気があります。わがままを言って流していた涙が、今ではクラスメートのために涙を流せるように、たくましく成長しました。難しい科目や生活をえり好みせず、最後までやり遂げる強い姿勢と心を持ちましょう」…。
その後、卒業証書が一人ひとりに手渡され、最優等賞と優等賞、皆勤賞の授与とつづいた。卒業証書の授与の後、1年生が花束を渡したが、恥ずかしいのか、勢いよく抱きついていく1年生も、強く抱きしめる6年生もいなかった。一瞬、見つめたり、ためらったりする、そのぎこちなさが笑いを誘い、会場はほんわかとした雰囲気に包まれた。

22人の卒業生のうち、6年間最優等生が14人、6年間皆勤が13人、ダブル受賞が9人もいた。最後に卒業生代表が答辞を読むころには、舞台の上の卒業生だけではなく、在校生の席からも泣きじゃくる声が聞こえた。夫先生は卒業生代表の口元にマイクを近づけたり、音量を調節したりしていたが、涙目にもなっていなかった。
校歌の合唱の後、先ほど練習をしていた退場する卒業生に向けての在校生の贈る言葉だ。
「卒業おめでとう。いつも低学年の手本になってくれて本当にありがとう。…ヒョンニム、ヌナ、オッパ、オンニ(お兄さん、お姉さん)…東京第3をより輝かしていきます…」
金教務主任も「本番10点」をあげたであろう。声かそろっていた、何よりも感謝と激励の気持ちがこもっていた。
紙吹雪と拍手の中、卒業生は退場して行った。1年生のときの担任で、昨年に退職した秦先生は出口で児童一人ひとりに言葉をかけ、抱きしめていた。教壇に立っていたときと同じチマチョゴリ姿がまぶしかった。

○嗚咽しながら謝恩会を準備
卒業式に引き続き、謝恩会だ。廊下に出てきた多くの在校生もまた涙を流していた。毎年、なんとなく雰囲気に流されて涙ぐむ児童がいたが、式が終わるとサバサバしていた。ところが今年は4、5年生がひきつづき泣きじゃくっていた。5年生の男子児童は、謝恩会の準備ため重たい長テーブルを運びながら嗚咽していた。こんなことは初めてだ。

会場の中ほど左右に4、5年生の寄せ書きが貼られていたが、5年生は「コマッスムニダ」のオンパレードだ。サッカーの試合の時に助けてくれて、美術の時間に色々教えてくれて、なかには5年間、一緒にいてくれてとか、5年間手助けしてくれてというのもあった。そして「私たちが引き継ぎます」との大きなタイトルが付されていた。
4年生の寄せ書きで目についた言葉は「상냥하다(サンニャンハダ)」、優しい、にこやかという単語だ。
「私にアコーデオンの奏で方を教えてくれるときも、通学路でもいつも優しくしてくれて本当にありがとう」、「私が初めて美術部に入ったとき、優しく教えてくれました」、「いつも優しい○○オンニ、クラブ活動の時、いつも手助けしてくれて…」といった具合だ。あたかも、その単語で短文を作らせたかのように、多くの児童のメッセージの中に「サンニャンハン」「サンニャンハダ」という単語が入っていた。
卒業式を準備しているとき、4年担任の金先生を呼びとめて聞くと、「今年の6年生の誰もが下級生に優しかったので…」と話していた。

謝恩会を準備する間、6年生は音楽室で待機。寂しさを紛らわそうとしているのか、夫先生の口数がいつにもまして多かった。
夫先生・「昨日、降った雨がセンセンニムの目にたまって…」
児童・「昨日、雨は降りません」
夫先生・「その雨があふれて、涙に…少し泣いてしまいました。でも、泣き虫ではありません」
酸性雨だったので、涙も酸性だとか、そんなわけのわからない、やり取りをしていた。卒業証書と表彰状は筒に入れて、白い手提げ袋に入れるとか、花はどうするとか話は続いた。謝恩会が近付くと少し真剣な面持ちで、「手紙はポケットにしまって…」。何かサプライズを企んでいるようだ。つづく