福岡アボジ会同行記-4 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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福岡アボジ会「関東ウリハッキョ視察」同行記・2日目 -下
【1月31日・水曜日】2日目・埼玉の幼稚園と初中級学校へ
 
運動場には、何日か前に降った雪が残っていたが、穏やかな日和だった。
 「関東ハッキョ視察」の日程表には、同校について次のように記されていた。
 「近年、全国の初中級学校で一番新入生が多い」、「今年、埼玉kyc民族フォーラムを。今最も注目されている地域のウリハッキョ」。高校長は、美術部出身で、九州在住の尹○○とは大学の同級生だそうだ。
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3時過ぎ、授業は終わり、部活の時間のようだ。校舎に入ると、児童・生徒たちは一斉に「アンニョンハシムニカ」。カメラを向けると笑顔でVサインだ。一行の表情も和んだ。
「全校生は2××人で、中級部が1××人、初級部は8×人、それに幼稚園が5×人…インフルエンザが流行っていて、何人かが休んでいて…」。児童・生徒数が多いだけに、インフル対策には苦慮しているようだ。
高校長は、地方からの初めての「視察団」を迎えて、いつもと勝手が違うのか、少し緊張しているようにも見えた。
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校長室の前の陳列ケースに数多くのトロフィーがむき出しのまま飾られていた。
「一昨年の3月の大地震でガラスが割れて…また地震が来ると危ないので、ガラスをいれないでそのままにしてある」
高校長によると、校舎に大きな破損はなかったが、「3・11大震災」の被害は少なくなかったようだ。1階の理科室の大きなロッカーも前に傾いていた。床にめり込んでいるようだった。
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教室も廊下も、何となく雑然としていた。
通りがかった先生は、「校舎改築の話にみんなが喜んでいる。そのせいではないが、整理整頓も改修されてから…、そんな雰囲気で…」と、言っていた。
初級部は平均すると、30人クラスだ。教室一杯に机が並び、窓枠がアルミサッシではなく鉄枠だからなのか、何となく「ひと昔前の学校」の「風景」を見ているようだった。
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校舎が竣工したのが1967年だから今年で46年になる。第2校舎と体育館が建設されて34年だ。
高校長・「耐震、地震対策は待ったなしです」
趙校長・「新築ではなく、改築?」
高校長・「そうです全面改築、補修です。来年には幼稚園も移ってきます」
 「学校の沿革」によると、1991年創立30周年を記念して「改築・補修」を行った後、手付かずになっている。
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一行は、高校長の説明を聞きながら、各教室を回り、校庭の菜園、遊具などにもカメラを向けていた。
同校への訪問は、関東学院があったころだからかれこれ30数年ぶりだ。一言で「広い」というのが感想だ。
幼稚園が移ってくるとすれば、場所は…、そんなことも勝手に想像していた。
「あの素晴らしい環境をどのようにして持ってくるか…」。
今年から幼稚園の園長も兼ねている高校長は、そんなことを何回も口にしていた。
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つづいて懇談会。
まずは、2年前に記念した学校創立50周年記念DVDが上映された。
DVDには50周年の記念事業だけではなく、解放直後、「国語講習所」からスタートし、1961年に初級学校として開校し1965年には中級部を併設した、同校の歩みであり、埼玉同胞の歴史が刻まれていた。
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 「関東大震災の時、熊谷では多くの同胞が虐殺されました」
新校舎落成式での総連中央・韓徳銖初代議長の報告のシーン、埼玉の教育事業を支えた懐かしい人々の様子が映し出されていた。
一行・「DVDの制作は…」
高校長・「映画製作所に勤める卒業生が力を貸してくれて…2千枚作って××万円でした」
一行・「それは安い。自分たちの場合は出張料を含めて××万円か…」
今年の幼稚園創立50周年の記念事業が、明日にでも迫っているような勢いで、質問していた。
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 「視察団」は、各学校にかなり詳細な「質問事項」を事前に送っていたようだ。前日の西東京第2や、東京第2、そしてこの日、午前中に訪れた埼玉幼稚園もそうだが、迎える側も準備にかなりの時間を割いたことが察せられた。
高校長が一行に手渡した「意見交換会」の資料は、A4・6頁、活字がびっしりと詰まっていた。「1・新校舎建設の歩み、2・園児・児童・生徒募集活動、3・教育水準を高める秘訣、4・財源確保のための活動、5・補助金など、権利獲得活動」―「ウリハッキョ運営のマニュアル」のようだ。
同席した、学園の金理事長も「校長先生は、この3~4日、何回も手直ししていた」と話していた。
埼玉朝鮮学園とアボジ会のメンバーも加わって、「ディスカッション」、活発な意見交換が行われた。
 
○耐震強化に重点を置いた、幼初中の施設を備えた「改築工事」。園児数の推移と展望、学園の運営、一貫教育の実効性の3つを拠り所に昨年来、「教育環境整備事業」として、県を挙げての取り組みが始まったようだ。
 
○この数年、学生数の減少を防ぎ、現状維持から増加へと「逆転」させているようだ。
しかし、初級部から全員中級部に進学しているものの、中3卒業生の日本学校への「転出」には頭を痛めているようだ。資料には、「転出」の理由、「転出」した生徒に対する対策などが詳しく述べられていた。もちろん、全員進学のための計画もだ。
 
○この何年間、「愛族愛国学校」称号を獲得するための様々な「秘策」が論議された。日本の学習塾に通う、児童・生徒の傾向などの分析は興味深かった。
 
○財源の確保、助成金と補助金、通学バスの運営についても、数字を挙げての説明が行われた。「アボジ会」の会則と活動、青商会と「オモニ会」との提携と役割分担についての話は弾んだ。
中でも、昨年暮れに行ったアボジ会初の「一日給食」、全校生が挑んだ「長~い朝鮮風のり巻き」については、話が尽きなかった。オモニ会が豚汁を作って、「応援」してくれたことも忘れずに話していた。家庭でも、学校でもオモニを抜きにことはすすみません。そんな跡の豚汁の話だったので、思わず笑いが出た。
「80メートル」、「海苔は?」、「100メートルの特注?」、「社長に手紙を書いて」、「安い」、「福岡でもできるのでは」、「俺も海苔会社の社長に手紙書くわ」、「3月にやろう」、「準備が…」-そんなやり取りだった。
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現在、福岡の学校は幼稚班を含めて6×人。あるアボジは、10年以内に100人体制に持って行くと「決意」を表明していた。「そのためには会長、あと×人子どもつくらなくては…」との冗談が飛び出すほど、和気あいあいとした雰囲気、見ていてとても気持ちがいいというか、うらやましい関係を築いていた。
趙校長の表情もほころんでいた。
懇談会を終えて廊下に出ると、4、5人の女子児童が舞踊の練習をしていた。そこを通った男子児童の制服の背中は、ボールでもぶつけたのか、転んだのか白く汚れていた。元気いっぱい走り回っているのだろう。
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運動場では、何人かの児童・生徒がボールを蹴っていた。
 来年、校舎と運動場の様子、校門から校舎を望む「風景」は、どのように変わっているのだろう、そんなことを思いながら、学校を後にした。
翌日は神奈川県の幼稚園が併設されている南武初級学校の視察だ。宿舎も新宿から川崎に移動する。
この日の晩、一行は埼玉のアボジ会メンバーとの交流会に招かれている。その後、神奈川でも青商会のメンバーとの懇談会が予定されているようだ。  
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その晩、アボジ会の安会長はfbで、次のように書いていた。
「アボジ会関東ウリ学校視察ツアー2日目が終わりました!現在、浦和から川崎へ移動中。
 西東京第2から始まって今日の埼玉まで、いろいろと学んだことが多すぎてアップできません。おいおい機会があればアップします!明日はラスト南武学校、頑張ろう!」
「移動中」とあったが、発信地は西日暮里、11時を過ぎていた。
11時23分、「「埼玉」に捕まっちゃいましたね」とコメントすると、「捕まってません。熱すぎて、みんなが納得して残りました!」とのコメントが戻って来たのが11時49分だ。
その後、日が替わり1時36分には、川崎の居酒屋から発信していた。神奈川の青商会との「懇談会」にも間に合った? ようだ。
 
つづく