福岡アボジ会同行記-3 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

トンポ・トンネ 日々イモジョモ

ブログの説明を入力します。

福岡アボジ会り「関東ウリハッキョ視察」同行記・2日目 
【1月31日・水曜日】2日目・埼玉の幼稚園と初中級学校へ-上
 
集合時間の30分前に川口市にある埼玉朝鮮幼稚園へ。
昨年4月、創立40周年を迎えた、関東地方では唯一の単設幼稚園だ。
園児の姿がない園庭は、がらんとして広く感じる。
私・「園児は?」
先生・「もう少ししたら送迎バスが…」
流感でクラス閉鎖した「ミンドゥルレ班」は、この日から再開する。「何人来るか…」先生は落ち着かない様子だ。
乗用車で、男女2人の児童が着く。「ミンドゥルレ班」の児童だ。
「プタクハムニダ」。オモニが自動車に戻る前に、児童たちは教室に向かって走って行った。久しぶりの登園が嬉しいようだ。教室をのぞくと、男子児童は、早速ブロックを組み立てて作った鉄砲を持って遊んでいた。
しばらくすると、送迎バスが到着。園児が次から次へと飛び出してきた。
ブルーの上着の下はみんなが私服だ。登園後に園児服に着替えるようだ。
イメージ 1
 
まずは、小さな連絡帳を先生に渡すと同時に、「アンニョンハシムニカ」だ。
2人の先生は、児童と同じ目線で挨拶をし、手を握りながら短い言葉をかけていた。「健康チェック」を兼ねているようだ。
イメージ 2
 
児童たちはあいさつを終えると、一斉に教室に向かって走って行った。
「ポンソンファ班」の教室の前で、何人かの男女児童に声をかけた。もちろんウリマルでだ。
5歳だという答えが返ってきた。逆に「ヌグイムニカ?(誰ですか)」と、質問された。
女子児童は、校舎と運動場の間の芝を指さして、「ダンゴ虫」、「ダンゴ虫」と連発していた。
男子児童は、両手を差し出し、「ドルリョチュセヨ(回してください)」。脇の下を抱えて抱き上げ、3~4周すると、列ができはじめたので慌てた。隣の教室の前では、丸い柱の周りを何回かまわると柱にしがみつて、教室に入ろうとしない、そんな児童がいた。
イメージ 9
 
「かっちん」のブログでは、前夜の交流会について「私はもうヘロへロでした」と書いていたが、「福岡組」は? 訪問時間の10時5分前、タクシーで第1陣が到着した。視察に支障をきたすほどの「深酔い」はしなかったようだ。駅で前後してタクシーに乗ったという。第2陣が遅れてきた。「川口幼稚園で下ろされて…」と、急ぎ足で入って来た。
イメージ 10
 
ブルーの園児服に着替えた4~5人の園児が、運動場の隅の砂場で、遊びに夢中になっていた。
名前を呼び合っているのか、距離が離れていて聞き取ることはできなかった。
イメージ 11
 
まずは、主任の姜先生の案内で、園内をくまなく見て回った。主任は昨年4月に就任したばかりだということで、途中からはベテランの李先生が加わった。確か、12年目だと言っていた。
イメージ 12
 
多目的ホールに、各教室、トイレや手洗い場…。
イメージ 18
 
イメージ 14
 
前日の西東京第2や、東京第2でもそうだったが、クラスを示す小さな案内板までカメラに収めていた。完全に「校舎新築モード」になっているようだ。
1972年、戸田市に「南部朝鮮幼稚園」として創立、翌1973年に「埼玉朝鮮幼稚園」に改称、1991年には川口市に新たに園舎を新築して移転し、それから20年以上の歳月を刻んでいる。2012年3月現在の卒園生が828人、その大多数がウリハッキョに進学しているとのことだ。
イメージ 13
 
昨年10月には「創立40周年祝賀祭」を成功させている。壁一面には「愛と感謝の40年-もっと大きな一つになって未来に花咲かせよう!」とのポスターとシンボルマーク、創立後40年の歩みを示す写真が貼られていた。
視察団一行は、こうした展示物も一枚一枚丁寧に撮っていた。
「日程表」には、次のように記されていた。「昨年、創立40周年記念行事を盛大に行う。創立記念行事をアボジ会、オモニ会が仕切って行った珍しいケース」。今年迎える福岡の幼稚園創立50周年、2015年の学校創立55周年記念事業の準備の参考にしようとしているようだ。
イメージ 8
 
イメージ 15
 
園児の「一日の生活」を記したポスターにもカメラを向けていた。
イメージ 16
 
運動場脇のプールでは-
一行・「実際に使われているのですか」
主任・「夏は、週に4回、スイミングスクールの先生を呼んで…」
一行・「先生も一緒にですか」
主任・「そうです。水着になってです。学父母がビデオを回すので、撮られないようにしているのですが…」
質問した「福岡組」も、答えた先生も大笑い、「夏に来てみます」との声も飛んでいた。
一行・「水道代が大変ですね」
李先生・「プール代として2千円を…」
イメージ 19
 
その隣の菜園では-。
「3・11の大震災の翌年、昨年はヒマワリの種を植えました。今年は…」
「毎年、白菜とキュウリ、大根、とうがらしを育てます。朝鮮かぼちゃやサムチュ、トマトやナスを植える年もあります」
ここでも、李先生の補足説明のタイミングがとても良かった。教師間の意思疎通が良好なようだ。
イメージ 3
 
そして懇談会だ。
○まずは、園児の確保と運営について話が交わされた。
園児は5×人、昨年は1×人増えたが、今年は…。6時までの延長保育も行っている。共稼ぎの父母が増えているようだ。
5つの支部が園児の確保のために日夜奔走している。乳幼児を対象にしたクラブでは、子育ての悩みを話し合ったり、「子どものお小遣い」というテーマで日本人の専門家の話を聞く機会などを作ったりしている。「ママ友」になって、幼稚園にも通わせ、ウリハッキョに一緒に行ってくれればいいのだが…。引っ越したあとも、通園バスの乗り場まで、30分余り電車に乗って父母が送り迎えしている家庭もある。父母が韓国からのニューカマー、中国の朝鮮族という園児もいたが、卒園後日本の小学校に進んだ。とても残念なことだ。
趙校長・「福岡では通園バスに乗っているのは1時間ぐらいだが…」
姜主任・「みんな平等に2時間…」
朝、迎えに行くコースと、午後見送りに行くコースを逆にしているようだ。
以前、4月の慣らし登園の時、2時間かけて行ったのに、幼稚園にいたのはわずか30分、さらに2時間かけて戻って来たという話を聞いたことがある。「バスの中は、もう一つの教室」だと、それも楽しみの一つにしている園児もいるという話を思い出した。
趙校長・「毎月のバス代は?」
姜主任・「6千円です。そのうち2千円はバス買えかえのための積立金です」
途中、何人かは携帯電話を受けるために中座し、すまなさそうにして戻って来た。
2泊3日、事務所を開けるのは、容易なことでないのだろう。
イメージ 17
 
児童の話し声や、歌声につられて私も幾度が中座し、教室をのぞいた。
そのたびに先生は園児と一緒に大きな身振り手振りをしながら踊っていた。
小学生1年の担任は、児童たちとの追いかけっこで、毎日運動会のような日々を送っていると聞いたことがあるが、幼稚園児はそれ以上だ。
イメージ 4
 
しばらくして多目的ホールをのぞくと、今度は学芸会のリハーサルだ。児童たちは楽しそうに手をつなぎうたいながら踊っていたが、先生たちは顎が外れるのではないかと思うぐらい大きな口を開けて手本を示していた。
イメージ 5
 
○話は、初級との統合問題に及んだ。
趙校長・「経済的な理由からですか?」
姜主任・「何よりも園児と児童の安全です。幼稚園も学校も耐震工事は避けられません。もちろん、この地に対する愛着はだれもがあります。この幼稚園のような環境が保証されるのかという危惧もあります。昨年、公開保育の時に保護者に説明しました。その後も機会あるごとに…」
一行・「統合することによって、通園は?」
主任・「細長い埼玉県の中心部に移転するので、遠くなる園児もいます。逆に今まで募集対象から外されていた地域から園児を迎える可能性もあります。保護者の願いは、何よりも子どもが元気に賢く育つことです。幼稚園も学校も、保護者の力が出るよう、頑張らなくては…。安全な教育環境はその前提だと思います」
イメージ 20
 
○難しいと言われた、昨年の「40周年記念事業」が成功を収めたのも、「最後の行事」への思い入れが強かったようだ。
アボジ会とオモニ会、園児たちと先生たちの「頑張った話」が、当時の会議録や資料などを広げながら語られた。
一行・「大変だったことは?」
李先生・「今考えてもよく乗り越えたと思う。旧教職員の名簿の整理と招待状の発送も何度もつまずいた。それでも当日、大阪から元園長も見えられて…。日本の幼稚園の元園長さんの話もよかった。『朝鮮の子は、朝鮮の幼稚園で保育すべきである…』と。公演の内容も良かった。園児だけではなく、卒園生や保護者、教職員、地元の同胞も参加して…」
「大変だった」話はいつのまにか、「やってよかった」話に移っていた。
「これかも朝鮮人として生きていくためには、以前にも増して力を持たなくてはならない。『生きる力』を養う、育む場が幼稚園だと思う。これから5年、10年先を見据えて、もっと良い幼稚園づくり、そのために何かを変えたいという一心ではなかったのか」。
一行は、記念行事の写真を見ながら、「成し遂げた」先生たちの話しに大きくうなずいていた。参考資料として提示されたチラシやポスターなども大切そうにカバンに収めていた。
イメージ 7
 
 
○給食の話も興味深かった。
幼稚園の給食は、毎週水曜日と土曜日の2回。水曜日は主任がつくり、土曜日は保護者が交代で作っているようだ。
「毎日したい。それを望む保護者もいるが、これ以上保護者に負担を強いることはできない。共稼ぎも少なくなく、給食当番になると職場を休まなくてはならない、それが家計の負担になる…かと言って、賄い婦を雇うことは経済的に許されない」
保育費は月×万×千円で、おやつと給食代が×千500円で、加えてバス代が6千円。隣の幼稚園に比べると---、という話も交わされた。
×   ×
昼食の時間だ。園児に混じって写真を撮っているメンバーがいた。ただ一人独身の彼だ。
フェイスブックに載せたその写真には「よか笑顔やね」、「みんな素敵な笑顔」、「いい笑顔」、「ナイス!スマイル!」、「かわいい꼬마たちだねぇ」などのコメントが寄せられていた。本当に素敵な笑顔だった。
イメージ 6
 
通園バスで大宮駅に出て、そこで一休みして、タクシーでさいたま市の埼玉朝鮮初中級学校に向かった。
通園バスに貼ってあったバスの運行表には、朝8時10分出発、10時到着、3時25分出発、5時18分着と書かれていた。
 
つづく。