東京第3の餅つきへ-2 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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餅つきへ-2
 
餅つきは5年、4年、6年の順、高学年が終わると1、2、3年の低学年の番だ。
その前に、6年生は、5、6年の教室の隔たりを元に戻していた。7人がかり、壁になる板が少し歪んでいるのか、夫先生がほうきの柄でつっいたり、児童が背伸びをして板を押し込んだり、はめ込むのに四苦八苦していた。
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校庭がにわかに騒がしくなった。
5年担任の許先生は、臼の中のもち米を器用にこねていた。女子児童はへっぴり腰と言うより、杵を持ち上げるだけで精いっぱいのようだ。一方、「マシンガンつきだ」と言いながら、連続してつく男子児童もいた。
「ウリ アドゥルダ(うちの息子だ)」と言って、あわてて写真を撮るオモニがいた。
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その頃、1年生は教室で学芸会の練習だ。3年担任の全先生がテキパキと指示を出していた。担任の黄先生は、心配げに見守っていてた。
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6年生は夫先生が杵を持つ児童一人ひとりの写真を撮っていた。アボジ会の高さんもだ。「卒業アルバムに載せるから写真を撮っといて」という、奥さんのオモニ会の姜会長の「指示」を忠実に実行していた。
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その頃、すでに5年生は食べ始めていた。児童は次々とおかわりの列に加わっていた。
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1、2、3年の低学年は、屋上のバスケットボール場で、学芸会の練習だ。全先生はいつもと違ったメガネをかけていた。「メガネを3つ持っている」と、他の先生が話していたのを思い出した。
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高学年が終わると1年生。つくと言うより、杵に振り回されていた。助っ人に来たチョチョンの総務部長が優しく手を差し伸べていた。
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それでも、杵がふり下げられるたびに、結んだ拳の指を広げながら「ハナ、トゥル、セッ…」と、元気にウリマルで数をかぞえていた。
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赤いリュックを背負い、フードの付いたジャン場を来た女子児童がオモニに手をひかれるようにして校門を出て行った。教室での学芸会の練習の時もひとり椅子に座っていた。風邪のようだ。
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「ウリマル教室」が終わった後、1年生と行動を共にしていた朝大の金先生も餅つきにチャレンジした。
誰か?・「年の数だけつかなくては…」
金先生・「26回です」
正直に自己申告していたようだが、数回ついて杵を置いていた。
「본딴말」のように、「쿵떡쿵떡(クントククントク)」とリズミカルにつくことはできなかったようだ。
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2年生の保護者に連れられてきたチビッ子たちも、楽しそうに餅をついていた。重い杵をふりあげられないチビッ子、その杵に手を添える校長、笑顔で見守るオモニ、とてもほほえましい風景だった。
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2年生の順番になると、臼の周辺は急に騒がしくなった。手伝いに来た保護者がスマホなどで一斉に撮りだしたからだ。アボジたちは「頑張って」とか、「もう一回」などの掛け声がかけていた。メガネをかけたアボジは、シャッターを押しては、何度も写真のでき具合を確認していた。
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1年生の教室では、朝大の金先生を囲んで昼食が始まった。黄先生が可笑しな話をしているのか笑い声が廊下までもれていた。金先生の表情も和らいでいた。
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3種類の餅も美味しかったが、児童たちは豚汁も何杯もおかわりしていた。
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一番後に食べ始めた3年生の教室では、全先生は「きな粉はウリマルで…」と説明していた。食いしん坊がたくさんいるようで、お鍋の中の豚汁はまたたくまに底をついた。
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玄関に出る階段を降りて行くと、歯ブラシを持った女子児童が「オモニ、オモニ」といって、37期生の写真を指さしていた。「許先生もいます」と。最後列右端に立つ、5年担任の許先生は小学生の時から大きかったようだ。みんなより頭一つ飛び出ぬけていた。
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この日は、2時から新入生の一日登校。餅つきに身体検査、青商会からの制服と、卒業生による「愛校会」からの体育着の伝達式が予定されていた。
朝鮮大学校での用事があり、残念ながら「早退」した。
×  ×
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校門から、共和国の旗がなびいているのが見えた。
私・「何かの記念日ではないですよね。学校訪問?」
職員・「そうです。栃木のウリハッキョです」
スクールバスが止まっていた。前回来た時は西播初中級学校の卒業生が来ていたことを思い出した。
残念ながら、栃木のハッセンにも会えず、講堂での軽音楽団の卒業公演も見ることができなかった。
1週間前に降った雪が芝生にそのまま残っていた。ik
 
隔月刊ブックレット『朝鮮学校のある風景』18号に加筆して載せます。