【12月22日・土曜日】雨降りのとても寒い日の終業式だった。
いつものように、黒板に終業式と書くのは6年生の児童だ。
最初、「2012年度2学期」という文字は男子児童が書いていたが、途中で女子児童と交代、まっすぐ書けなかったからだ。女子児童は曲がらないよう、黒板に棒のようなものをあてて書いていた。

終業式は、校長の報告と成績表の授与と各種賞状の伝達の3本立てだ。
金校長は、学年ごと、一人ひとりの名前を挙げて児童をたたえた。
1年生は、すっかりウリマルで生活するようになった。分からないウリマルは「新しい言葉の連絡帳」に記しているとか。2年生は、学期の最終週についに「ウリマル模範学級」に輝いた。3年生は「低学年の長」として各週にマスターすべきウリマルを一日3回ずつ使うよう努めた。
高学年についても、今年度目指している「ウリマル模範校」の称号獲得に向け、ウリマルの習得を軸に学習や少年団生活であった「誇らしい出来事」が語られた。
同時に、「校内での模範生が外では」、登下校時に周りの人に迷惑をかけたり、事故につながりかねない行動をとったりしていることについては厳しく叱り、また「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という言葉を忘れず、「いじめ」につながる、人を傷つけるような言動は慎むよう諭していた。
金校長は「誇るべき出来事が多くて、話が長くなりましたが…」と言っていたが、児童たちはうなずいたり、拍手をしたり、少し長めの話を、みなに集中して聞いていた。

続いて学級代表への成績表の授与。金教務主任は、○年生の代表の名前を3回も繰り返し呼んでいた。返事が小さかったからだ。
前日の「ウリマルマダン」の成績発表と賞品の授与、そして各種賞状の伝達は、受け取る児童も、拍手する児童も笑顔、それを見守る担任先生も笑顔だった。金校長の顔が一番緩んでいたようだ。
「板橋子どもひらめき発明展」では「でこぼこ本棚」が佳作に、昨年に引き続き「学校奨励賞」にも輝いた。
「ドラえもん大賞全国作文コンクール」では、「藤子プロ特別賞」と「陰山賞」を、「在日同胞学生『コッソンイ』作文懸賞」では作文部門で1等を、「炎天寺俳句コンクール」でも入選した。いずれも6年生の児童たちだ。
「ドラえもん大賞」の賞品のDVDや日本旅行ゲームなど、ドラえもんグッツには、会場から歓声とともに羨望のため息が漏れていた。

すでに数日前から、教員室の前の掲示板には、「コッソンイ」と「ドラえもん大賞」に入賞した児童の作文のコピーが貼られていた。
パク・チュンボン-「おじいさんが植えてくれた種」、「コッソンイ」の6年生作文部門の1等だ。
「ドラえもん大賞」の今年のテーマは「未来のぼく、わたし」。
リョム・スギョン-「みんなの未来」、「藤子プロ特別賞」、全国5人の内の1人だ。
キム・ユナ-「7年後の私へ」、昨年に続き2年連続、10人の内の1人に選ばれた。
何日か前、学校を訪ねてきた都内のウリハッキョの校長が「児童数はうちの学校が多いのに…『ドラえもん』逃した」と、しきりに悔しがっていたという話を思い出した。
早速、校長室の前には、「板橋子どもひらめき発明展」の「学校奨励賞」の楯が飾られていた。

教室では、担任が一人ひとりの児童を呼び寄せ、成績表を渡していた。
5年担任の許先生は、時間をかけて児童に話しかけていた。
教室の正面に「守れる人になろう!」-「自分を」、「学級を」、「学校を」、「友達を」、「弟を」、「家族を」そして「同胞社会を」という、大きなスローガンが掲げられている学級だ。

1年生の女子児童は、先生の隣の椅子に座り、神妙な表情だ。両手を膝にあて、すこしうなだれていた。

3年生の教室では、黒板の前に列ができていた。全先生が配る冬休みの宿題のプリントを受け取っていた。
4年生の教室では、冬休み期間中の注意事項が伝達されていた。
新年のあいさつはウリマルで、丁寧にとか、家の大掃除を手伝おうとか、健康に気をつけようとか、年賀状を出そうとかだ。先生の声が廊下まで漏れていたが、「お年玉は…」その後の言葉は聞き取れなかった。

6年生は図工室の奥の部屋で成績表を受け取っていたので、その表情を見ることはできなかった。ガラス越しにのぞくと、何人もの児童が成績表を見せ合っていた。「秘密」はないようだ。

4年生の教室では、金先生が机を黒板の前に寄せて作った空間で、何枚も写真を撮っていた。
「緊張して」と掛け声をかけて1枚、「○○トンム、動いちゃだめ」と言ってもう1枚、今度は「笑って」と1枚、そして「リラックスして」1枚だ。「リラックスして」というより、リラックスしたポーズを作っての1枚だ。写すたびにモニターで写真を確認していた。

2年生の教室では、まだ成績表の伝達が終わっていなかった。24人、最も多い学級だ。新任の金先生は、手間取っているというより、楽しんで児童に話しかけている風だった。
隣の1年生の教室からは「クァセ アンニョンハシムニカ」の元気な声が聞こえてきた。新年のあいさつの練習をしているようだ。
黄先生・「年賀状を書きましょう。校長先生と教務主任…、ファン・ヘミ先生にも忘れないでね。先生もみんなに出しますね」。
児童・一斉に「イェー」だ。

一斉に下校だ。校門の前で児童を待っていたオモニが3、4人いた。2年生の女子児童がスキップしながら校門に向かっていた。アボジに連れられて嬉しそうに車に乗る児童もいた。
「この傘、9つも穴が空いている」と、傘を開いて見せてくれる児童、グリーンの傘だ。
女子児童は、前日の「ウリマルマダンで、1等になってもらったというカラフルな鉛筆を見せてくれた。
ある児童は「寒い、早く家に帰りたい」と叫んでいた。
私・「成績表は、誰に見せるの?」
3年生の女子児童・「今日はオモニ。アボジには明日」
私・「アボジは?」
女子児童・「焼肉屋さんなので、帰りが遅いから…」
夫先生は「早く帰りなさい」、「変なおじさんについて行っちゃだめ」と言いながら、女子児童のリュックのチャックを閉めていた。
「○○トンムはアッパが迎えに来るから待つように…」そんな声も聞こえた。

金校長は「陰山賞」の大きなゲームを持った女子児童に、「それで日本地理の勉強をしなさい」と声をかけていた。2年連続の受賞に「カゲヤマ」と呼ばれるようになったようだ。教育会の洪先生は、「雨にぬれないようビニールの袋をあげるから」と教育会室に取りに向かった。
夫先生は、「ゴミ袋に入れて背負って行ったら…」、すると「サンタクロースになっちゃう」と誰かが一言。そんなこんなで「陰山賞」の賞品の大きなゲームはようやくブルーの袋に収まった。

近くのバス停では、5、6人の男子児童がバスを待っていた。
手がかじかみそうだと、両手をポケットに突っ込み、傘を顎で支えていた児童もいた。
男子児童が時間を聞いてきた。時間を聞いた児童は「みんな、嬉しい知らせです。あと1分程でバスが来ます!」と大きな声で告げていた。
通り過ぎようとすると、「アンニョンヒケシップシヨ」に交じって「チョウンソル セシプシヨ(よいお正月を)」の声も聞こえた。「クァセ アンニョンハシムニカ」や「セヘ ポクマニ パドゥセヨ」と一緒に練習していた正月を迎えるあいさつだ。

バス停で降りて、駅構内の雑貨店の前を通りかかると、加湿器の前に3人の児童がたむろしていた。
「帰らないの?」と声をかけると、「寒くて」と言って散って行った。蕎麦屋の前でふたたび2人を発見する。
私・「サーモッキ ハミョンアンデンダ」(買い食いするんじゃないよ)
児童・「アニムニダ」(違います)。暖かいところで、バスが出る時間まで待っているとのことだ。
4年生と2年生。4年生は社会見学で学友書房に行ったとき、家の近くだと言って道案内をした児童だ。
停留場に向かいながら、「雑誌に載ったな」と言うと、「見ました」と、4年生の児童がうれしそうに応えた。
終業式を終えて廊下に出た時、机の上に広げられた児童向けの雑誌に、見開きで見学の様子が載っていたのだ。
バス停で「チョウンソル」と言って歩き出すと、2人は傘をふりながら、大きくうなずいてくれた。

▼東京チェーサムの児童の訪問を伝える、学友書房発行の児童誌

隔月版ブックレット『朝鮮学校のある風景』17号に加筆して載せます。