京都と大阪・2日間の「ウリハッキョ」巡り-その1 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【11月2627日】京都と大阪・二日間の「ウリハッキョ」巡り―その1
ウリハッキョを「 」でくくったのは、朝鮮学校そのものだけではなく、ウリハッキョ関連という意味である。
 
初日は京都。同志社大学で行われた学園祭「第137回EVE」での展示会と、今春、第1と第3が一つになって生まれた京都朝鮮初級学校を訪れた。
 
同志社大の展示会は、「アンニョンハセヨ! 朝鮮学校」。「KOREA文化研究会」によるもので京大と立命館大でも催された、
昼食は学園祭で、焼きそばでもと思っていたが、あいにくの雨。100を越えると思われる飲食販売は「苦戦」を強いられていた。ウリハッキョのバザーでも、雨は大敵、そんなことを思いながら広いキャンパスを横切り会場の「寧静館」に向かった。
会場は5階、廊下ではマジックコーナーの案内のチラシを撒く学生とすれちがったが、人影が少ない。
N506」教室、可愛いらしい手書きの「アンニョンハセヨ朝鮮学校」の垂れ幕と「日朝友好学生の会・京都」の説明パネルが立てかけてあるものの、受付に人影がない。教室をのぞくと、机と椅子を中央に寄せ、5、6人の学生が手分けをしてポスターを貼っていた。男子学生が女子学生に指示を仰いでいた。
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「朝鮮学校ってどんなところ?」、「どうして朝鮮人が日本に住んでいるの?」などというテーマごとのポスターが、何回か貼り替えられながら、会場作りが進んでいた。
黒板の前では、寒いのだろう、マフラーをした女子学生が白墨で展示会のタイトルを書いていた。
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「…歴史的背景、そしてなによりも日本人ではなく、朝鮮人としての生を営む場所。ここに確かな『違い』があり、この『違い』こそ、朝鮮学校が存在する意義があるのではないでしょうか」。
簡潔に整理された、分かりやすい解説に、メモを取ろうとすると、「ここにも書いてあります」と、黄色の表紙の冊子をくれた。受付が始まったようだ。
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冊子を見ると、テーマは先の二つに加え「在日朝鮮人はどのようにして朝鮮学校を守って来たのか?」、「最近はどんな問題があるの?」を加え、全部で4つ。「朝鮮学校をもっと知るためのハンドブック」というタイトル通り、わかりやすい手引きになっていた。
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植民地解放後から学校閉鎖令、朝鮮戦争、韓国政府による「棄民政策」と共和国からの支援など、歴史的経緯を説明した上で、共和国との関係については、次のように記していた。
「…確かに朝鮮学校と共和国にはつながりはあります。しかし共和国とのつながりがあることに何の問題があるのでしょうか? 朝鮮学校の成り立ちや変遷などの歴史を見てみれば、そこで行われてきたことは純粋に朝鮮民族の伝統の継承です。
それだけではなく朝鮮学校を中心にした朝鮮民族は集まり、民族集団を保ち、民族の魂を引き継いできました。このように民族の心のよりどころである朝鮮学校を守ろうとしてきた在日朝鮮人の活動に共和国が援助することには何ら矛盾がありません。
植民地支配、さらにその後の同化と弾圧の歴史を見ればむしろ共和国の支援がなかろうと済む程の日本政府の補償こそが植民地支配責任として問われているのではないでしょうか」
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手書きの「1945年以降の在日朝鮮人史」の前で、調査・作成にたずさわったという学生と、意見交換をすることができた。
話題になったのは、1949年10月の朝鮮人学校閉鎖令直後の11月21日に、京都府が京都第1朝鮮人学校を各種学校として認可したという記述だ。この時、多くの朝鮮学校は閉校となり、一部閉校を免れた地域でも都立に移管されたり、日本の公立学校の分校になったりした。
確かに、「学校教育法」第134条によって「各種学校」が規定されたのは1947年のことだ。GHQが閉鎖令を出した直後に、当時の同胞団体が「各種学校」の許認可を申請し、さらにそれを京都府が「認可」していたとしたら、「特記」すべきことだ。その背景・経緯に興味をそそられた。
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「最近の問題」としては、「高校無償化」制度排除問題を取り上げていた。
ハンドブックには「日本政府が朝鮮民主主義人民共和国との関係を問題視して、それを同制度からの朝鮮学校の排除理由としています。しかし、同制度の適用基準は『高等学校の課程に類する課程を置くもの』かどうかの一点だけです。文科省は朝鮮学校を排除するというのであれば、朝鮮学校が『高等学校の課程に類する課程を置くもの』でないという理由を挙げなければなりません」と記されていた。
とても分かりやすい指摘だ。
「一体朝鮮人はいつまで『お願い』しなければならないのでしょうか?」との言葉は、胸にぐさりときた。
会場では、文科大臣に宛てた「朝鮮学校にも『高校無償化』適用を求めるメッセージ」カードへの記入が呼びかけられていた。
「日本の大学に在籍する朝鮮高級学校卒業生連絡会」によるものだが、展示会を主催した「KOREA文化研究会」の活動と共に、こうしたアクションは「在日朝鮮人史」、民族教育権利獲得の誇らしい歩みとして、刻まれていくのであろう。
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会場では、板垣ゼミ生が制作した「みんなの学校‐心の故郷」のビデオ上映が始まった。
今春、京都第1と第3が京都朝鮮初級学校として、一つになになるまでの「大きな変化」(オモニ談)と、新校舎建設の状況などが、とても分かりやすく描かれていた。入学式であいさつする初級学校校長のチマチョゴリ姿が眩しく見えた。エプロン姿のイメージが強かったからだ。
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なんだかんだで、2時間近くお邪魔してしまった。
最近の同胞学生気質などの話も聞くことができた。
「朝高卒業生は『組織生活』はこれまでみっちりしてきたから、大学では自由にと、集まりなどに出ようとしない」とか、
「日本高校の出身者たちはウリマルを習うのに四苦八苦しながらも、活動に熱心なのに」とか、
「それでも、いざというとき頼りになるのが朝高卒業生、自由を満喫すると、戻ってくるようで」とか、
朝高出身者に対するもどかしさと期待の入り混じった視線を感じることができた。
教室を出るころには、黒板に描かれたタイトルは完成に近付いていた。
窓をたたく雨足が強くなっていた。
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*ハンドブックには「KOREA文化研究会」ついて、つぎのように記している。
「日朝関係・日韓関係や在日朝鮮人にまつわる事柄についての学習会を主な活動としています。メンバーたちは週一回の学習会やディスカッションでの真剣な顔を持っていながら、『やるときはやる、遊ぶ時は遊ぶ!』というのをモットーに昼食会やキャンプ、飲み会などでは楽しく時に羽目をも外しながら(!?)仲良く過ごしています。また、私たちは毎年大好評の『日朝関係史講座』をはじめ、より広い日本社会に問題提起し訴えかけるような企画も開いています。」
今は、日朝友好学生の会・京都、京大コリアン学生の集い、立命館朝鮮文化研究会と「日本と朝鮮半島の<次代>を創る学生フォーラム2012」(12月16日・京都大学)の準備に取り組んでいるということだった。
 
地下鉄とタクシーを乗り継いで、京都朝鮮初級学校へ向かった。