京都と大阪・2日間の「ウリハッキョ」巡り-その2 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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京都と大阪・2日間の「ウリハッキョ」巡り-その2
 
地下鉄とタクシーを乗り継いで、京都朝鮮初級学校へ。
2度目の訪問だ。4月の中旬に来た時は桜の花が舞っていたが、今回はイチョウの葉がすっかり色づいていた。
校門の看板も真新しい。前回は新たに京都朝鮮初級学校としてスタートして2週間余りで、外された第三の看板がまだ教育会室に立てかけたままになっていた。
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午後の授業が終わって、昼食の時間。早ばやと食事を終えた児童たちが歯ブラシを持って廊下を走っていた。
この学校の児童は、人見知りをしないようだ。「アンニョンハシムニカ」の前に、「どこから来たの?」、「何しに来たの?」と質問攻め、名前まで聞かれた。そして決まって最後は「チョソンサラム?」と聞くのだ。
カメラをむけると、これまた、「月刊イオ」の記者が喜びそうな、楽しいポーズを決めてくれる。歯ブラシを口に入れたまま肩を組んだり、澄まし顔をつくってみたり、知らんぷりするふりをしながらも視線はカメラをとらえたり。個人を特定できる写真の掲載を避けているのに、後ろ姿を撮ることはできなかった。
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校長は、前回来た時と同じようにエプロン姿、「用務員の叔母さん」といったいでたちだ。
私・「チマチョゴリを着てあいさつする先生をDVDで見ましたよ」
校長・「入学式? あれはカット、カットでしょ」
弁当を片手に、逃げ込むようにして教員室に消えた。この学校には校長室がないようだ。
玄関を入ってすぐの掲示板には、新校舎建設の完成図と、建設状況を写した写真が何枚も貼られていた。
来年3月の竣工を目指しているようだ。
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雨がやんだのか、運動場では男子児童が水たまりを避けるようにしてボールを蹴り始めていた。
名前を呼び合い、「パルリ」とか、「チャラ」とか、行きかう短い言葉どこにでもある、ウリハッキョの昼休みの「風景」だ。
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4月に来た時に校長先生は「この学校は、春の桜も見ものですが、秋口のイチョウもいいものですよ」といっていたが、校舎から靄(かすみ)の中、色づいたイチョウの木の下で駆け回る児童の姿は幻想的ですらあった。
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女子児童が3人、水道場で何かを洗っていた。
私・「掃除の時間?」
児童1・「違います。雑巾を絞っています」
児童2・「水をこぼしてしまって
笑いながら話すので、意味不明だ。
児童3・「3年生です」
聞いてもないのに、学年を言っていた。昼食時間と休み時間、廊下で児童とすれ違うたびに「何年生?」と、聞いていたので、それを見ていたようだ。
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教室まで後を追って行くと、ベランダに出て雑巾を干していた。
図工の時間、絵筆を洗う容器に入った水を教室にぶちまけ、その後始末をしていたのだ。
水道場でもそうだったが、教室に向かう廊下でも、一言二言言葉を交わしては笑いこけ、雑巾を入れたバケツをとりあっては笑い転げていた。「仲良し三人組」だ。
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教室では、休み時間にもかかわらず、何人かの児童が絵を描き続けていた。ある女子児童の絵に足がとまった。生き生きと描かれた人にみとれて、何枚もシャッターを切った。その児童は、写真を撮っていることを知ってか知らずか、ひたすら画用紙に黄色を塗りこんでいた。
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階段では、4人の女子児童がじゃんけんをして遊んでいた。
「トルカボ」はウリマルだったが、「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」、「グ・リ・コ」は
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高学年の教室が並ぶ3階の掲示板には、10月から11月にかけて行われた「輝かそう! 私たちの未来、私たちの希望! 団結の力! 前進する京都滋賀連合団14日運動」の大きな壁新聞が貼られていた。
大人数の第1の児童を少人数の第3が迎え入れる形でスタートして半年余り、なぜか違和感がなかったのも、日頃からのこのような学校同士の交流があったからだろう。京都市内の2校と滋賀県の1校のウリハッキョの高学年児童で組織されている少年団は「連合団」として活動しているのだ。
比較的活発だといわれる第1と、真面目すぎると言われる第3の二つの学校が一つになり、新たな校風を作り出そうとしているようだ。
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午後の授業がはじまった。6年生の教室の前では、先生が教室に入れずにいた。児童が中からドアを押さえているようだ。いつものことなのか、先生はあきれ顔で、教室の前のドアを開けようとしたり、後ろのドアを叩いたりしていた。
教室の中で、ドアを押さえているのは、第1出身のいたらずらっ子なのか、おとなしく真面目すぎると言われていた第3出身の児童も加勢しているのか? おてんばな女子児童は? そんなほほえましい光景を描きながら、ドアを開けようとひとり奮闘する長身の先生の後ろ姿を見ていた。
こんなことも、卒業生にとってはいい思い出になるのだろう。
隣の5年生の教室には児童の姿はない。並びの4年生の教室からは「ビーカー」、「ビーカーに水を入れて」という、先生の声が聞こえた。音楽室からは、「ミミ、レレ、ドド」の歌声がしたが、しばらくすると笛の音にかわった。5年生は音楽の授業のようだ。
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掃除が終わると、園児と低学年の下校時間だ。
机と椅子を教室の後ろに寄せてできた空間で、3人の男子児童が転がっていた。プロレスごっこのようだ。
女子児童が2人、駆け寄ってみていた。両手を上着のポケットに突っ込んだ女子児童が「ハジマラ」とかなんとかいっているのだろ。マスクをしているので、聞き取れなかった。
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廊下を掃除していた女子児童は、ほうきで掃く手を休めることはなかった。階段を履いていた男子児童もそうだ。掃き寄せたゴミをチリトリですくっていた。
校長が「授業中、各教室から漏れてくる音もいいが、休み時間や、下校前のざわめきが何とも言えなく好きだ」と言っていた、その時間だ。「行事などで、一学年でも欠けると寂しい」と言っていた意味が分かるような気がした。
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教員室の前の掲示板にも、「新校舎建設ニュース」が貼られていたが、この廊下には運動会の時に使ったのか、新校舎の建設を知らせる、畳5~6枚の大きな看板が立てかけてあった。
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校舎からまず園児が、そして低学年の児童が次々とでてきた。小雨がパラついていた。
走り寄って来た2人の女子児童は、運動場の隅を指さし、「ノグリ」、「ノグリ」という言葉を繰り返していた。タヌキが出たようだ。
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スクールバスから女子児童が飛び出してきた。ランドセルを置いてきたようだ。
ピンクの長靴を履いた児童が水たまりの中に入ると、他の2人の児童もそれにつづく。2人は運動靴だ。
靴下が濡れそうだ。それでも女子児童はためらうことなく、水たまりに落ちたイチョウの葉を蹴散らすように前に進んで行った。
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時折、風でイチョウの葉が舞い散る中、ブランコに興じる児童もいた。ブランコの下は黄色いじゅうたんを広げたように一面イチョウの葉だ。ブランコをこぎながら、「ハナ」、「トゥル」と、数を数える児童の声がかすかに聞こえた。
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ピンク、黄色、オレンジ、ブルー、白色とりどりの傘がバスの入り口に「行儀よく」並べられていた。
 運動場に止まった2台の大型バスの中をのぞくと、担当の先生が児童の名前を読み上げていた。「イエ」、元気な声が跳ね返ってくる。おしゃべりに夢中で、2度、3度呼ばれる児童もいた。園児たちは遊びくたびれたのか、座席の背もたれに身を任せていた。
 校舎の裏の駐車場に止まったバスや乗用車の中でも同じようなことが行われているのだろう。
 バスのエンジンがかかり、出発間際のバスから女子児童が慌てて、校舎に向かって走り出した。手提げ袋を教室に忘れたようだ。
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しばらくすると、園児と低学年の児童を乗せたスクールバスが、運動場の隅をはうようにして校門から次々に出て行った。春に来た時は、桜の花が舞っていたが、この日はイチョウの葉のじゅうたんを踏みしめるようにしてバスは走り去って行った。イメージ 19
 
入れ替わるように、高学年が校舎からはじきだされるように出てきた。ランドセルとバックを玄関に置くと、雨が上がった運動場に直行だ。
私・「荷物を置くところは学年別に決まっているの?」
春に来た時、6年生の男子児童が、運動場で遊ぶ下級生に向かって「ちゃんと並べなくちゃダメだ」と注意していたことを思い出したからだ。
女子児童・「決まっていません、適当です」
それでも見ていると、赤いランドセルは一か所に並んでいた。学年別に降りてくると、何となくまとめて置くようになっているようだ。
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運動場で転んで制服がびしょぬれになり体育着に着替える児童、その体育着を濡らす児童も。女性の先生は「トンム、それでは帰れないでしょ」といいながら、着替えの体育着を探すのに四苦八苦していた。
 春に来た時は、長身の先生が名簿を片手に、目的別のバスや自動車に児童を振り分けていたが、児童たちはすすんで乗り込んでいた。慣れたのだろう。
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その頃、まだ何人かの園児と低学年の児童も残っていた。
幼稚班の部屋の前の廊下で2人の園児が遊んでいた。先生は暖かい部屋に入るよう何度も諭すが、園児は遊具が並ぶ廊下の方がいいようだ。
私・「この子たちは?」
先生・「迎えが少し遅れるようで延長保育などができれば、オモニも助かるのでしょうが、通学バスのやりくりなどもあって
園児と低学年の児童は、学父母の車による送り迎えも少なくないようだ。大型のバスは正門からだが、小型のバスや保護者の車は駐車場のある裏門からになっている。学校専属の運転手だけではなく、左京、西陣、南、西、伏見、南山城など、学区の総連、朝青や、留学同、歌舞団のイルクンによる送迎もつづいていた。
駐車場で、赤いランドセルを背負った女子児童が迎えに来たアボジらしい男性に飛びついていた。男性はしっかりと抱きしめていた。児童は嬉しいのか、赤い長靴をばたつかせてさせていた。
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高学年は最寄りの地下鉄駅までスクールバスで行く。一台では間に合わず、同じバスが何度も行き来するので、「ピストンバス」と呼ばれていた。
校長は「朝も夕方もピストン、ピストン」と言っていたが、このことだ。
最後のバスが校門を出ると、閑散とした校内は静寂に包まれた。
そんな中、校舎の玄関の前に、ひとりの男子児童が取り残されたように座っていた。
「誰か迎えに来るの?」、「何年生?」
矢継ぎ早の質問に少し戸惑っているようだ。
「迎に来るのはオモニ?」と聞くと、嬉しそうに大きくうなずいた。4年生のようだ。
児童が遊んでいた運動場をじっと見つめていた。時折、裏門の方から物音がすると振り返っていた。
風が吹くたびに、舞うイチョウの葉を眼で追っているようだった。
「寒くない?」。寒くないとのことだ。
長身のオモニが迎えに来ると、恥ずかしいのか校舎のすき間をすり抜けて裏門の駐車場の方に向かって行った。迎えに来たオモニにこの数日の出来事を話す先生。二人の笑顔もとてもすがすがしく見えた。
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バンで児童を送って来た副校長が慌ただしく戻って来た。
「行政に提出する書類に追われて
そんな副校長に校舎移転の状況を聞いた。
校舎の新築状況よりも、話題は移転後の児童の登下校に集中した。
JRと私鉄の駅があるのですが、大回りしなければなりません」
「駅から歩いていける距離なのですが、上り坂で、大型トラックの通行もあって
「この周辺の児童は、交通事情からすると、第2の方が近くなるかもしれません」
市内のウリハッキョ(同校と京都中高、京都第2、旧第1)と児童の家に印が付いた地図を広げながらの説明は具体的だった。
移転まで、残り4か月余り、登下校問題解決の模索は続くのであろう。
来春の入学式で、児童に話しかけるチマチョゴリの校長の笑顔や、かしこまった副校長の姿が目に浮かぶようだ。
 運動場がやみに包まれ久しくなるというのに、一番初めに学校を出発して行った校長の乗ったバスはまだ戻ってきていなかった。
 
*大阪編につづく。