優秀作品の発表会へ | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【11月2日・土曜日】
東京朝鮮文化会館での、共和国創建64周年記念・第45回在日朝鮮学生中央芸術競演大会の
「優秀作品発表会」に行きました。
競演大会は、中高級部は前日東京で、初級部は10月にブロック別に催され、その優秀作品の発表会です。
いつもの東京チェーサムは、民族楽器+現代楽器の合奏で舞台に上がりました。
11時開演の少し前に会場に着くと、児童たちは、地下の体育館での音合わせが終わったのか、校庭に出て来たところでした。晴れの舞台を前に緊張しているのか、言葉数が少なく、至って神妙な表情をしていました。
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会場の2階席では、舞台に上がらない高学年の児童―「応援組」が陣取っていました。女子児童は、卒業生のオンニたちに手をふったり、男子児童は、おしゃべりや、「プロセスごっこ」?をしたり、緊張感はまったく感じられませんでした。
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一階の会場の端には、荷物が積まれていました。地方からの「参戦組」でしょう。
プログラムには、東京、西東京、埼玉、横浜など近隣だけではなく、中大阪中、四国初中、茨城初中高、岡山初中、神戸初中高、九州中高、大阪高、広島初中高、京都中高、長野初中、愛知中高、神奈川中高などの学校名が並んでいました。
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いよいよ、開演です。
1、2階合わせて1.400席。1階の後ろには、立ち見の保護者たちであふれていました。
会場前に、席は競演大会の出演した児童・生徒に割り当てられており、保護者たちは空いた席に座るよう、幾度も放送されていました。
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東京チェーサムの児童は、4番目に舞台に上がりました。30人超、舞台が広く感じられませんでした。
何人かのオモニ? ハルモニ? が舞台のわきにまで来て、手を振っていました。
「わかったようね」。とても満足げでした。
学校での最終リハーサルは見たものの、東日本大会に行くことができず、児童たちの大きな舞台での公演は初めてです。少し嬉しく、誇らしくもありました。
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客席の後ろから見ていると、出演する学校の保護者がいる場所はすぐわかります。一斉にカメラや、ビデオを構えるからです。
チェーサムもそうでした。オモニ会の姜会長と何人かは、演奏が始まると、シャッターを切り、ビデオを回し続けてまいした。
東京チェーサムのバザーは2日後に迫っています。
「教育会の洪先生には悪かったのですが…応援に来ました。すぐ戻って、最後の追い込みです」と、姜会長は話していました。
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出演を終えた児童たちは、「やった~」と言より、「終わった」という顔付きをして、舞台から降りてきました。
「やった」は、東日本大会の審査結果のときだったようです。
いくつかの重たい楽器は、2、3人で運んでいました。背伸びをするようにして、男子児童が抱きかかえるようにして運んでいたコントラバスを朴先生が支えながら歩いていました。
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楽器などは、レンタカーに乗せ学校に運びます。構内を配送業者が忙しく行き来していました。女性の先生は畳2枚くらいの大きな荷物を頼んでいた。岡山に送ると言っていました。旅費に、楽器と舞台の装飾品の搬入など…東京での「大会」に参加する「地方組」の苦労は並大抵ではないようです。児童たちが運んできた楽器を金教務主任と5、6年の担任の夫、許先生が荷台に積んでいました。
巨漢の許先生がコントラバスを荷台で受け取っていましたが、コントラバスは小さくは見えませんでした。大きな楽器です。
現代楽器担当の朴先生と民族楽器担当の1年担任の黄先生は、楽器が痛まないようにカバーをかけたり、少年団のネクタイを集めたり、こまごまとしたことに追われていました。
そんな中でも―
黄先生・「夫先生が朴先生に何かオンジュンハン マルしたようで」
出場前、楽屋での出来事のようです。
朴先生・「そんなことありませんよ」
黄先生・「『昭和の顔』とか何とか…」
夫先生・「そうではなく」
朴先生・「私が近頃の子は『平成顔』と言ったら…」
笑顔でそんなやり取りが行われていた。
私・「今日、1年生たちは?」
黄先生・「校長先生が張り切って教えていますよ。一緒に昼食も食べるって…」
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「食事を終えて…学校に戻ったらバザーの準備です…」
児童に交じって、そんな話を一番後ろで訊いているのは? 新任の先生でもない、保護者でもない、東北初中高の尹校長でした。
運転手として生徒を乗せてきて、発表会が終わり次第、戻ると話していました。
茨城のウリハッキョに進学した卒業生とも会え、在校生もこうした大きな大会を見て大きな刺激になるはずだと、いつもの笑顔で語っていました。
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すでにこの時間、楽器をつんだレンタカーは、学校についているはずなのですか、止まったままです。バッテリーが上がったのではないかと、その手当をしたものの、エンジンはうんともすんとも言いません。他校の先生たちも乗り込んで見ていたのですが、原因不明です。教務主任がレンタカー業者と電話でやり取りしているのですが、らちが明きそうもありません。
助手席に座っていた黄先生は、学校に残してきた児童が気になるのか、車を降りると、その周りを行ったり来たりしていました。ik
後ほど書き加えます。