十条の東京朝高で行われたのですが、
1時間も早く着いてしまいました。
体育館(東京朝鮮文化会館)の入り口はロープでしっかりと閉鎖されていました。
<3・11大地震>で天井の一部が転落したのです。

バスケットボールに興じる生徒たちから
「キムイルウ ソンセンニムだ」の声、思わず手を振ってしまいました。
今年、東京第3(チーサム)を卒業した顔なじみの児童、いや生徒です。
私は「ソンセンニム」ではないのですが、ソンセンニムは、頭の白い人を呼ぶのに便利な言葉です。
黒いチマチョゴリの姿の彼女たちは、とても大人びて見えました。遠く目から一枚撮りました。

チェーサムの児童の到着です。
6年担任の洪先生の初めの一言は「お久しぶりです」でした。
そういえば、始業式以来2週間ぶり、少し「通学」をサボったようです。
大山の学校から45分、天気もいいので歩いてきたとのこと。
道すがら、何やらいたずらでもしたのでしょう、少年団指導員の夫先生から
「気持が浮いているようだ」、入団式には、規律正しく参加するようにとの檄が飛んでいました。

少年団のネクタイ? ネッカチーフ? をして、会場へ。
毎年、体育館で行われてきたのですが、震災のため体育館は使えず、運動場です。

今年、4年生の担任になった金先生も赤いネッカチーフを、
中学卒業以来、何年ぶりだと言っていました。
洪先生は、真面目な顔をして、ネッカチーフを差し出して「ソンセンニンも…」。
私の場合四十何年ぶりです。もちろん断りました。

昨年、チェーサムに教育実習に来られた宋君、
江東区の東京第2に赴任しました。君ではなく先生です。
ラクビーで右足を負傷、ギプスをしていました。
チェーサムの児童とも言葉を交わしていました。
後ろ姿はまだ「やんちゃな少年団員」で、つうじます。

いよいよ、入団式が始まります。
式の正式名称は「東京中高菅下初級学校少年団入団式と移籍式」です。
都内の初級学校(小学校)の中で、中級部が併設された第1、第4、第6を除く
4つの学校(第2、第3、第6、第9)の合同入団式ということです。
「移籍」というのは、4校からの新入生が東京朝中の少年団に籍を移すということです。

「オモニ応援団」の七人衆です。入団式を見に来たのは、チェーサムだけです。
校長、教務主任が来たのも、4校の内、チェーサムだけでした。
オモニ(母親)たちは、見守りに来たというか、おしゃべりを楽しみに来たというか…。
「どこのクラブに入った?」「入れた?」、4年生から始まる部活の話に花が咲いていました。

入団する4年生が整列、
デジカメよりも、ビデオで撮るオモニ達が多かったようです。

上級生がネッカチーフを結んでいます。

オモニ「撮影隊」はフル稼働です。自分の子を見つけオモニの顔がほころびます。

新たに入団した40人余りが一緒に記念写真です。
チェーサムの金教務主任は大きなカメラを構えていました。

チェーサムだけで、記念写真。オモニ達も写しまくります。
少年団の一番の楽しみは、夏のキャンプだと、声をそろえていっていました。

オモニ達も入って一枚。実オモニ達の方が誇らしい顔をしていました。
入学から4年目、少年団に入ると、小学校生活も「ひと山」越えたという気分になるそうです。
チェーサムの入団者は、西東京からの転高生も入れて22人です。

帰ろうしたら、体育館前で、黒い集団の集まりです。東北朝高に行く「激励部隊」の出陣式でした。
校内で生徒独自に募金活動や、激励の壁新聞作りを行っているとのことです。

了。