10月は遠足に教育実習・③ | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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朝鮮学校のある風景-その九・
 
10月は遠足に教育実習・③
 
*「統一評論」12月号掲載の連載に加筆。
 
 
■小雨のふる秋の日のある一日
 遠足の翌日の土曜日、午後から学父母の集いがあるので、小雨の中、学校を訪れた。普段通り児童たちは登校していた。
 昼食時間が終わり、三階の高学年の各教室は掃除の真っ最中、ほうきでチャンバラの真似をしている児童がいる。廊下を雑巾で拭いている児童がいる。女子児童が掃き集めたちりを男子児童が散り取りで受けている。ほほえましい風景だ。
 四年の教室からオモニたちの笑い声がもれてくる。児童の姿はない。そういえば、昨日の遠足の帰りに池袋駅で今日は神奈川の朝高で行われている「科学祭典」に見学に行くと言って、児童たちに持ち物の確認をしていた。
 児童たちのいない教室では、五人のオモニたちがボードの端に細く切った発泡スチロールを張り付けてた。バザーのゲームづくりだという。
 
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「ブログに写真を載せたいのですが」と言うと、笑顔のVサインで応じてくれた。理科図工室にも多くのオモニが集まり、布で何かを作っていた。これもバザーの準備だ。
 一年生の教室では、児童たちがビデオの「ドラえもん」に夢中だ。ドラえもんと、のび太が朝鮮語で話している。ソウルで制作したビデオだ。児童たちは手をたたいて、喜んでいる。
父母会に参加するオモニに連れて来られたのであろう六歳と三歳の兄妹が、教室の外から不思議そうにのぞいている。しずかちゃんもジャイアンも朝鮮語だ。聞き取れるはずがないのに、その場に釘付けだ。
 
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父母会を前後して、三階の廊下に貼り出された六年生の川柳に、人だかりができていた。
場を盛り上げた、ベストスリープラスワンは、次の四首である。
 
「秋の日は 落ち葉がぼくを 呼んでいる」
「お花見に 家族でいったが かれはだれ」
「お正月 ケンカでぼっしゅう お年玉」 
それに「クリスマス 不法侵入 サンタさん」だ。
 
川柳の三要素の一つに「おかしみ」があるが、それとはちと違う。
「この子と二〇年、三〇年後に会ってみたい…」、「うちの子にこのユーモアがあったら…」-明らかに笑いをこらえている。
「宿題だったら、こんなことあり得ないのに…」-やらかしてしまった児童のオモニの嘆きである。
学父母会が終わって、窓越しに外を見ると黄色い傘をさした児童が、待ちくたびれたのか、水たまりを蹴って遊んでいる。
靴箱に長靴が少ない。午前中はさほど降っていなかったようだ。道路に出ると、傘を持ってこなかったのだろう、二人の男子が、両手を突っ込んだ上履きを頭まで掲げて走って行く。
帰りのバスに乗る。車中にはチェーサムの制服を着た三人の男の子と、女の子を連れたオモニが通路を挟んで座っていた。近所の子を一緒に連れ帰るようだ。
女の子が雨で曇ったガラスに、ひらがなを書いている。「ぬ」と「ね」の区別がつかない。制服を着ていないので、就学前のようである。
「待っている間、宿題はすませた」
「少し残っている」
「遊んでいたんでしょ」
「オモニ、お菓子ちょうだい」
「バスの中ではダメ」
「つまんないの」と、オモニの席にパックを放る。
「家に帰ったら、ただじゃおかないから」
友だちの「めった打ちだな」との言葉に、その子は「逃げるから大丈夫…」と言い返していた。
しばらくすると、「オモニ、カマキリってヘビも食べちゃうって知ってる?」、「ねえ」「ねえオモニってば…」。
とっぴよしもない質問をぶつける。
オモニは、無視しようとするのだが、笑いをこらえている。
愛情いっぱいに育っているのだろう、この子は甘え方が上手だ。家に帰っても、何事もなくすみそうだ。
バスを降りる児童に「アンニョンヒ」と、私が声をかけると、子供とのバトルを聞かれてしまったのかと思ったのかオモニは傘で顔を隠すようにして帰って行った。
 
■実習生は五四期と五六期生
 東日本地方芸術競演大会(一〇月一六日)の二日前、リハーサルをすると言うので、学校に向う。大会当日は、分会の「ハイキングと温泉倶楽部」で長野県の飯盛山に行くことになっていて参加できないからだ。
 昼食の時間である。
 一年の教室をのぞくと、当番の「いただきましょう」との声に、全員が「いただきます」と応えていた。
 四時間目は算数の時間だったようだ。
 黒板には、「七人が見学していました」「六人来ました」「みんなで何人でしょう」―朝鮮語で書いた問題が消されずに残っていた。
 一番上には「더하기()と書いてある。「더하기」とは足し算のことである。
私が小学校の時は、「가하기」と言っていた。「」は漢字で「加」である。今では引き算の「()하기」は「덜하기」に、掛け算の「()하기」は「곱하기」に、割り算の「()하기」は「나누기」になっている。
そんなことを思いながら、一階に下りていくと、実習生のソン先生とすれ違う。
 
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「一緒に実習に来たリ先生は、何期生ですか?」
 ソン先生は、階段の壁に貼られた歴代の卒業生の写真の中から、リ先生を指差す。二〇〇三年卒の五六期だ。
 「ソン先生は?」
 五四期の写真を指しながら、「わかりますか?」と一言。
 ソン先生は、リ先生が「小学生の時と変わらない」と言ったが、それ以上にソン先生は変わっていない。
 「先生は?」と聞かれる。階段を幾段下りて、一九六二年卒の一五期の写真を指す。「一番後ろのここにいます」。この校舎が出来た年に卒業したこと、卒業写真は建築中の校舎の屋上に上がって撮ったことなどを話した。忙しいのに、足止めさせてしまったようだ。
 教員室に行くと、黒板に「二時限目初五 国語 キム・ミソン」「四時限目初六 算数 ソン・ヨンボ」と書かれている。すでに授業にも入っているようだ。
 金教務主任は今朝、高学年の朝礼で、先日のケーキづくりコンテストの成績発表を行ったと、そのときの様子を話してくれた。
 
コンテストのケーキに独島や江華島も(次回)