朝鮮学校のある風景-その九・
一〇月は遠足に教育実習・②
*「統一評論」12月号掲載の連載に加筆。
■遠足-迫力! 八三人でのサイクリング
前日まで低学年の所沢航空公園にするか、高学年について行くべきか迷ったが、実習生二人が行く高学年の森林公園に決めた。
八時一五分すぎ、いつもの池袋駅の集合場所に着く。六月の五、六年の朝鮮大学校訪問の課外授業のときと同じ場所だ。
六年担任の梁先生が四つつながったお菓子を掲げている。
「お菓子は三つまでのはずです。これはいくつでしょう? 没収しましょうか」

「一つです。分けて食べますから…」
そのやりとりに、注目が集まる。
「遠足の案内書を忘れた人は、連れて行きません。残ってください」
案内書を忘れたのは、児童ではなく、六年のクラスに入っている実習生のソン先生、困り顔だ。
学区のチョチョン(青年同盟)の専従も二人、同行することになっている。北区の裵総務部長が集合時間、ぎりぎりに申し訳なさそうに走り込んでくる。
「三分前に起きました、って顔だ」
晴天、絶好の行楽日和だ。金校長の口も軽やかになっているようだ。
電車は土日ではないせいか、行きも帰りも座れた。おしゃべりに夢中で、立ちっぱなしの児童もいる。
下見に行ったのであろう、五年担任の黄先生は案内図を広げて、児童にサイクリングコースなどと説明している。
児童「祖国で言葉は通じましたか? 」
黄先生「ゆっくり話してくれるので…」
児童たちは、共和国について、知りたいことがたくさんあるようだ。
小さな肩掛けカバンをさげた、四年担任の成先生が早々と眠りこけている。ゆすって起こすと「体力温存です」と一言。先生の寝顔を見て、児童が笑っている。

六年担任の梁先生は、隣に座った児童にデジカメで撮った写真を見せている。五年生のクラスに入っている実習生のキム先生は、女子児童と手拍子を打ち遊びに興じている。通路を挟んで座った児童ものりだすようにして加わっている。
ソン先生は、両隣の児童と話していたが、下車駅が近くになると、あちこち移動して児童にカメラを向けていた。
チョチョンの二人の専従は女同士、話すことも多いようだ。
森林公園駅で下車。駅の階段を下りながら成先生は「一〇年ぶりだ」という。「東京チェーサに勤めていた時だった」とも。チェーサー出身の実習生のキム先生は、四年か、五年の時に成先生に連れられて来たと言っていた。
駅で自転車を借りて公園に向う。
サドルの高さを調節するのだが、足が地面に着かず、サイクリング車ではなく、児童用の普通の自転車に乗り換える子がいる。ヘルメットをかぶると、工事現場のおじさんにしかみえない児童に、笑いが起きる。
「自転車は大丈夫ですか」と聞く。実習生のソン先生は、「馬鹿にしないでください」、少しむすっとしたようだ。
成先生からは「足立です」、「自転車の免許がないと暮らせない町ですから」と、ウイットに富んだ答えが返ってきた。
お天気にも恵まれ、サイクリング日和だ。四、五、六年の男女七、八人で一組、一〇の組が順次スタートする。総勢八三人の長い列ができる。
公園の入り口で、全員の到着を待つ。
自転車を降りて、数歩歩くと、児童から「ソンセンニム(先生)」と、呼び止められる。最近、先生からも児童からも「ソンセンニム」と呼ばれている。年長の人を呼ぶのに便利な言葉だ。
犬の糞を踏んだというのだ。振りかえると、乾燥したそれらしきものに足跡がくっきりついている。
「えんがちょ」という言葉が出かかったが、こんな言葉が今時の子には通じないと思って、口に出さなかった。
「えんがちょ」というのは、小学校の頃、犬や牛の糞を踏んだ子をはやしたてる言葉だ。右手と左手の各々の人差し指と親指を付けてつくってつないだ輪を「えんがちょん切った」と言いながら、手で切り離してもらうと、「もう汚くないよ」ということになる。小学生の時のそんなことを瞬間思い出したのだ。
「ケンチャンタ(大丈夫)」と何もなかったようなふりをして、その場を後にする。
ウンがついたので、この日はいいことがあると思ったが、期待はずれだった。
公園内の集合場所に着くと、すでに組別に走り始めていた。何となくついて行く。倒れた児童の自転車を起こしたり、サドルを調節してたり、曲がったフレームを元に戻してたりしているうちに、いつの間にか集団から離されていた。
さて、どこに行くのか聞いていない。一方通行なので迷子にはならないと高をくくっていたが、道はいくつものコースに分かれている。しばらくすると、自転車を降りて立ち往生している二人の女子児童を発見する。四年生と五年生だという。四年生の児童は、自転車に乗ったまま坂道を登れない。平地まで自転車を押して登っているうちに集団から取り残されたようだ。
一緒に進むほかない。
少しスピードを出すと、風の音が聞こえる。汗ばむ肌に風は心地よい。
トンネルに入ると、大きな声を出して、共鳴を楽しんでいる。クモの巣に引っ掛かった枯葉をみては驚く。コアラのマーチのチョコ味を持ってきたとか、ミルク味と取り換えようとか、二人の話は途切れない。

そんなこんなしているうちに、同じ道を二周したことに気づく。引き返すにしても…。電車の中での黄先生の話を思い出す。食事の前にアスレチック、「わんぱく」なんとかだと。
標識に従って、「わんぱく広場」に向うことにする。
「○○大丈夫」「○○オンニ―」
坂道にさしかかるたびに、二人の声が重なる。五年生の児童は、自転車に乗ったまま坂道を登りきると、自転車をひいて登って来るもう一人の四年生の児童に声をかけながら、待っている。何気なく下級生を気遣っているのだ。
携帯電話が鳴る。「そのままわんぱく広場に向ってください」。まだ、何人かが集合場所に到着していないようだ。
〇・七キロ、〇・五キロと、広場に近づくにつれ、二人の児童は「みんなより自転車にたくさん乗れてよかった」と余裕を取り戻しながらも、「お弁当食べ始めていたらどうしよう」と心配している。乙女心は複雑だ。
どうにか、「迷子組」も無事、集合場所にたどり着く。しばらくして、坂道を登ることができない何人かの「脱落組」を率いた、ママチャリに男子児童を乗せた成先生が到着した。
荷物を下ろし、児童たちと一緒にアスレチックへ向う。アップダウンがあり、意外と広い。案内板には二四の木製遊具がそろっていると、書いてあった。
「男子はもう一周」、「女子もがんばって」
金校長がたきつけるものだから、児童たちは何回もチャレンジしていた。
一回りして戻ると、荷物の傍に梁先生が座っていた。荷物の番を口実に、一休みかと思ったら、大間違いである。私を見つけると、「荷物の番をお願いします」の一言を残し、アスレチックに全速力で走って行った。小学校の先生は、この好奇心、この元気があるからこそ勤まるのだと思った。
「ぽんぽこマウンテン」がある広場に移動して、記念写真を撮り、昼食だ。すべて組別である。
しゃがんで、カメラを構える豊島支部の李委員長のスニーカーのかかとが金色に光っている。後日、白山の言論出版会館のエレベーターの中で会った彼女のオモニに、おしゃれな金委員長のことを話すと、「トゥルチェ(次女)です」、「そんな年頃です」と、微笑んでいた。

実習の先生は、父母からの差し入れ弁当を、梁先生と黄先生は二人のチョチョンウォンの弁当を担当した。そのはずだったが、梁先生は「実はオモニが作ってくれた」と、白状する。遅くまで学校に残って仕事をしていたからだと、黄先生がかばっていた。
金校長は、チェーン店で買った弁当を開いていたが、成先生の小さな肩掛けカバンの中には、食べ物らしきものはない。
「いつも箸だけは持ってくるんだけど、今日はその箸も忘れてしまった」と。
それでも食べきれないほどのおにぎりやパンが、児童から届けられていた。
食事の様子をのぞきに行くと、児童たちは、楽しそうにお菓子を分け合っている。「先生もどうぞ」と、私にも大きな袋を差し出してくれた。色とりどりの袋に包まれた飴がどっさり入っている。「お菓子は三つまで」との決まりだが、これも一つは一つのようだ。
その場で食べてくれというのだ。うす紫色、不気味な色の飴だ。
袋には「あしたの授業どうなるのかな」「なめるとかわるあめの色で占おう」。
白-先生にほめられちゃうかも
黄-発言できちゃうかも
緑-予習をしておけば安心
「ずっとみどり―居眠りにちゅう!」と、書いてある。
しばらくして口を開くと、飴は白に変わっていた。児童はうらやましそうな顔をして口の中を見つめていた。
アップルソーダ味の「なぞなぞ」付きの飴もあった。
食事が終わると、自由時間だ。
五、六人の男子児童が、キャッチボールをはじめた。グローブ持参である。
西武線沿線から通う児童は、野球好き、ライオンズファンが多い。日頃、運動場が狭く、思いっきりボールを投げることができないので、この日はいつものサッカーではなく、野球にしたのだろうか。
実習生のソン先生も加わる。グローブが合わないのか、たてつづけにボールを落とす。
「子どものときに、親とキャッチボールをしたことがないのではないか」と、金校長が一言。運動神経は悪くない。大きなフライもキャッチする。しかし、投球はぎこちない。
後日、学校の傍で、偶然会ったソン先生のアボジは、仕事が忙しく、子供り頃に、かまってやれなかったと話していた。
女子児童は、バスケットボールだ。ドリブルとパスをしながら「ぽんぽこマウンテン」へ向って行く。一千平方メートルもある日本一の巨大エアートランポリンだ。そこでも、ジャンプしながら、バスケットボールをしていた。
芝生の急斜面をビニールシートに乗って滑り下りる児童がいる。下では成先生がカメラを構えている。何回やっても、途中で転んでしまう。見かねた金校長が「模範演技を見せる」と、滑り降りようとするが、やはり途中で引っかかってしまう。校長先生のお尻にビニールシートがはりついている。赤ちゃんのおしめみたいだ。児童と成先生が笑い転げている。

洪先生が児童の手をひいて「ぽんぽこマウンテン」に登って行く。一回、二回、大きなジャンプだ。三回、姿が見えない。こけていた。大勢の人がはねているトランポリンでは、予想外の波が起こる。それがまた楽しいのだ。
全員が「ぽんぽこマウンテン」に集合する。梁先生が宙に浮いている。金校長と成先生は、児童の手をつないで飛び跳ねている。チョチョンウォンもだ。実習生のキム先生は、思いっきり飛び跳ね、体重をかけて踏ん張るように着地するので、どこよりも大きなバウンドが生じ、何人もの児童が飛ばされていた。

もう一人の実習生のソン先生は、少し離れたところから、その様子を見守っていた。
帰りは、中央口を経て、駅まで一本道だ。女子児童は、「ソフトクリーム食べたい」を叫び続けていた。
最後部は、男子児童をママチャリの後部に乗せた成先生だ。坂道を登れない何人かの女子児童を従えている。この日の組割は一〇組までだったか、勝手に「一五組」を名のっていた。
職員室では、数日も前から自転車に乗れない児童をどうするかが話し合われていた。楽しい遠足で、肩身の狭い思いをさせることはできないと。
成先生が自転車の後部座席に乗せて目立たないように、最後部で走ることになった。電車の中で、「体力の温存」が必要だった訳だ。

それとなく、児童に聞いたら、意外な答えが返ってきた。
「そのトンムは普段、自転車に乗らないのだから、乗れなくて当然だ」というのだ。「乗れない」ではなく、「乗らない」のである。プレイステーション(家庭用ゲーム機)ができないではなく、やらないということと同じような感覚のようだ。
本人も皆の前で気後れする様子はなかった。成先生の自転車に乗りながら、「風」を満喫していたようだ。
金校長は、「帰りの電車で遊び疲れた児童が爆睡すれば、その遠足は成功だ」と語っていたが、電車に乗るなり眠り始めたのは、校長と成先生だった。梁先生と洪先生は…。
楽しんだのは児童だけではなかったようだ。
多くの児童は、実習生を囲んで、池袋駅に着くまで、延々としゃべり続けていた。
■小雨のふる秋の日のある一日(次回)