その八・九月は「敬老の集い」と写生会② | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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朝鮮学校のある風景-その八② 
九月は「敬老の集い」と写生会
ウリハッキョを記録する会
 
 
*「統一評論」11月号の連載に一部加筆。
 
 
 
 「完成するまで帰れないぞー」、「ここで寝ていくぞー」
公園に響き渡る。四年担任の成先生だ。
その先生も手すりに足を組んで座り、画用紙に向かっている。恰好はいっぱしの画家、一二色の色鉛筆持参である。
 広場の中央では、六年担任の梁先生も画用紙とにらめっこをしている。
 五年担任の黄先生は、ベンチに座って絵を描く児童と話している。
 飛行機だとか、冷麺だとかの言葉が断片的に聞こえる。この夏、共和国に行って来た話をしているのだろう。
 つばの広い帽子を深くかぶった、音楽担当の朴先生に聞く。
 「絵心は?」
 「まったくありません。歌心はありますが…」
 一年担任の高先生は、朝大時代に音楽と美術を選択するとき、苦手だった音楽を選んだと言っていたが、図工の得手不得手は話してくれなかった。
 二年担任の秦先生と三年担任の金先生も得意ではなさそうだ。
 金教務主任は、新潟初中に赴任中、中学生だったアン先生を教えている。
 「理科の時間の手作りの視聴覚教材は、なかなかのものだったろう」と、言っていたが、アン先生は答えに窮していた。
 成先生にでき栄えを聞く。
 
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 「落書き程度です」
 謙遜しての言葉だと思ったら…。児童がつけた値段は三〇円。「それでも値段がついてうれしい」と。「色鉛筆は、色が重ならないので…」との言い訳も。「そんな水準じゃないでしょ、サッカーやってて良かったですね」と、言うと「適材適所という言葉があるじゃないですか」と、照れ笑いが返ってきた。
 梁先生は、画用紙に目の前の大木が入りきらず、早々とギブアップ、画用紙を丸めていた。彼女は「舞踊をやっていてよかった」ようだ。
 校門で、児童たちを見送っていた金校長が一一時過ぎに合流、前の週に行われたチャリティーゴルフ大会の協力者へのあいさつ回りをしていたのだという。
 公園の隅々までずいぶんと歩きまわった。児童たちの観察もそうだか、スケッチする五年生の呉君に会いたかったからだ。「敬老の日」に、廊下に貼り出されていた夏休みの宿題の絵の中で、かれの「私の夢は漫画家です」が、際立って見えたからだ。
 公園に着くなり、キム先生に、そのことを話すと、「龍」という作品が、夏の「在日朝鮮学生美術展覧会」で、優秀賞の一つに選ばれたとのことだった。
 幅の広い滑り台の横の階段をのぼって行く児童を指し、「あの子がそうです」と、教えてくれたが、遠くて顔を確認することができない。あえて後を追わなかった。公園を一巡して、描いた絵から彼を捜し出そうと思ってだ。
 二時間半余り、行ったり来たりした末に、それらしい絵の主とようやく出会えた。
 
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 色を重ね塗りした大きな幹、細い筆で葉っぱを描いていた。
 声をかけると、五年生の呉君に間違いなかった。
 地べたに寝転がり「空は青いぞ、僕の画用紙も青一色だ」など、奇声をあげている児童に見むきもせず、黙々と絵筆を運んでいる。真剣だ。凄い。うまい!
 下級生は午前で撤収、弁当持参の上級生は、午後も続行。暑さに負け、下級生と共に、この日は、「退散」することにした。
 絵は、一一月の公開授業の時、学年別に金銀銅の順位を付け、張り出すと、金校長は話していた。
 
■オモニサッカー大会-創部二年目でなぜか優勝
 夏休みの猛暑日にも練習を重ねてきたオモニサッカー部が、創部二年目にして優勝した。
 九月一二日、東京青商会結成一五周年を記念する、一四回目の地域対抗サッカー大会のエキシビジョンマッチとして行われ、オモニサッカーに参加したのは三校。
真夏日で、人工芝の照り返しがきつかった。
 一一時に試合が開始するというので、一〇時半過ぎに、会場の東京朝高(冬季用北区にある東京朝鮮中高級学校)に着く。すでにウォーミングアップを終え、やる気満々である。青商会の試合の都合で、試合開始が一時間遅れるとの報に、「ビールを一杯、いや二杯ほど飲んで、気合いを入れるか」。
冗談とも本気ともとれない声だ。
「何しろ、ゴールにボールを入れればいいのでしょ」、「一番、走らなくていいポジションは?」、「中央は難しそう」
 青商会の試合を横目に、そんな言葉が飛び交う。
 この日の第一の敵は、昨年優勝した東京チェーサー(足立区にある東京朝鮮第四初中級学校)でもなく、練習を重ねているという東京チェーグー(杉並区にある東京朝鮮第九初級学校)でもない。暑さと日焼けである。
「ユニホームはうちら、チェーサムが一番かわいい」と、言っていたが、サンバイザーに、タオルのほっかぶりがよく似合う。
 
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 試合時間が迫る。日陰を探し、軽いウォーミングアップ、パスとドリブルの基本練習だ。
 「ここであんまり頑張りすぎないように…、歳を考えて、体力がないのだから…」
 だれとはなく、そんな「指示」が飛ぶ。チェーサーやチェーグーとは違って、控え選手がいない。
 第一試合のチェーサーとは、〇対〇の引き分け。
 引き上げてくる選手を、コマチュック大会の応援でも頑張った、朴さんが迎える。サングラスに肩まである長い手袋、黒い日傘である。
 「どこかのセレブ夫人みたい」
 「今日は、セレブな監督夫人ということで…」
 そのセレブな監督夫人が、選手全員に袋入りの「種なし梅」を配る。汗をかいた後だけに、その酸っぱさがいい。
 つづくチェーサーとチェーグーの試合は、スタンドで観戦。姉妹でのボールの奪い合い、押し倒す、倒される、へディングでメガネが何度も飛ぶ…、試合は過熱気味だ。
監督の教育会の安副会長が、「ボールに固まらない」、「あそこの場面ではパスを後ろに回す」、「ボールを持ちすぎない」と、事細かく説明しながら、「秘策」を授ける。「勝てそうな気がする」と、うなづく選手たち、オモニたちの真剣みも増していく。
いよいよ、チェーグーとの対戦である。チェーサーとチェーグー戦もまた、〇対〇で引き分けたので、勝った方が優勝だ。
 
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スタンドで観戦するチェーサーのオモニたちの傍に座る。
「チェーサムは運動場が狭いから、シュートの練習をしていない、点数は入らない」、「チェーグーは…」。
オモニサッカーのはじまりは、東京朝高の仲良し同級生の三校のオモニたちの「思いつき」である。それだけに、情報がつつぬけだ。
 「両チーム点数が入らなかったら、ピーケー戦や、ジャンケンで決めないで、三チーム優勝ということで…」
 昨年、覇者のオモニたちの余裕だ。
 「サッカーになってない」、「みんな動けないじゃない」、「私たちのチームもあんななのかしら…」。
 試合が始まる前、金校長の「冷たいビールが待ってますよ」の一言が効いたのか、ゴール前での混戦から「何となく」点が入る。チェーサーのオモニたちの長いため息。話が急激にしぼむ。つづけてもう一点。「今回のサッカー大会が残したのは、この汗臭さだけだった」と、いさぎよく負けを宣言していた。
 試合が終わると、「信じられない」と、涙ぐむオモニたち、抱き合って健闘をたたえている。
「オモニ頑張ったでしょ」
応援に来た児童を見る目は、選手からオモニに戻っていた。
セレブな監督夫人は夫に向って一言三言。
 「ルールは全く知らなかったけど…」、「本能で勝てたのよ」、「今日は良く走った、走ったつもり」、「最初の一点が入った後は、動きが違がっていた」、「ああー畳の上で寝そべりたい」、「燃え尽きたー」
 言いたい放題である。「なぜか」優勝してしまったのである。
 
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 校庭で、焼肉をしながらの表彰式。優勝カップと副賞は生ビール二〇杯、それでも足りず、買いに走る。オモニたちは本当にビールが好きだ。
 チェーグーのオモニチームから冷麺の差し入れが届く。煙は美人を追うと、煙にまみれながら、箸が止まらない。上機嫌だ。
「来年は、チェーサムの前の教務主任が校長に赴任したチェーイル(荒川区にある東京朝鮮第一初中級学校)や、コマチュック大会で優勝したチェーオー(墨田区にある東京朝鮮第五初中級学校)のオモニたちも誘って、五チームの対抗戦をやろう」
 ビール片手に、鉢巻き姿で、飲むほどにボルテージは上がばかりだ。誰も止めることはできない。この勢いには、監督もお手上げだ。(つづく)