朝鮮学校のある風景-その八①
九月は「敬老の集い」と写生会
ウリハッキョを記録する会
*「統一評論」11月号の連載に一部加筆。
始業式の日の朝、二年生の教室をのぞくと、児童一人一人にクッキーが配られていた。大阪の親戚の家に行った児童からのお土産だ。三年生の教室では、成績表と宿題帳、絵日記、読書感想文の提出の真っ最中、一年生の教室は相変わらずあわただしい。
始業式のために、三つの教室の壁を取り払った三階では、上級生たちが少年団の指導教員の梁先生のいつもの迫力にたじろいでいた。
「先生に会いたかったでしょ?」
「なぜ、目をそらそうとするの?」
「そこの六年生、担任の私の立場を考えても、それはないでしょ」
そんなやりとりがしばらく続く。
「学校に来て、なにか変わったと思いませんか?」
少しざわめく。そういえば、玄関口と廊下、階段がピカピカだ。
「そうです。この二日間、先生が総出で大掃除をしました。汗びっしょりになって、床とガラスを磨きました」
児童たちは、納得したように歓声を上げる。まばらだが拍手も…。
下級生がいつものように椅子を持って三階に集まってくると、歌を数曲うたった後、始業式がはじまった。金校長の短めな話の後、金教務主任が漢字検定試験に全力を尽くすようはっぱをかけていた。
三階のベランダから下を見ると、児童が慌てて校門に駆け込ん来ている。初日から遅刻だ。「早く教室に入りなさい」と、四年担任の成先生が叫ぶ。
教室では、夏休みの宿題の工作と絵の見せあいっこが続いている。おしゃべりをしながら、校庭をはく男女児童の姿がある。笑い声と話し声が入り混ざった、学校特有の騒がしさだ。にぎやかなウリハッキョ(私たちの学校)が再び戻ってきた。
■「ハラボジ、ハルモニ大好き」
始業式の翌週の土曜日、「敬老の集い」が催された東京チェーサム(東京板橋区にある東京朝鮮第三初級学校)を訪れる。
低学年児童のハラボジ、ハルモニ(祖父母)を学校に招き、「敬老の集い」が始まったのが、二〇〇三年、今年で八回目を数え、すでに恒例の行事として定着している。真夏日、猛暑日が続いたにもかかわらず、今年は六七名が参加した。
会場は三階の高学年の三つの教室の壁を取り外した臨時講堂、少しでも近くで孫の姿を見たいのであろう、前列から次々に席が埋まる。ハルモニたちは良よくしゃべる。それに比べて、ハラボジたちはいたって無口だ。
「ハラボジ、ハルモニ、チャルオショッスミダ」(ようこそいらっしゃいました)
「これからも長生きして、かわいがってください」
チビッ子たちの少し舌っ足らずなウリマル(朝鮮語)でのあいさつ、目頭を熱くする祖父母たちに、似顔絵と短いメッセージが書かれた首飾りがプレゼントされる。

上級生の合奏と踊りにつづき、下級生の合唱と合奏に拍手が鳴りやまない。デジカメで孫の姿を追うハラボジがいる。児童たちが肩を上下させながら踊るオッケチュム(朝鮮舞踊の基本動作の一つ)には、自然と笑みがこぼれる。
参加できなかった祖父母に送るのであろう、代理参加のオモニたちはビデオを回しっぱなしだ。
孫と祖父母が一体になっての音楽によるノリマダン(遊びの場)は、悲鳴にも似た歓声の連続だ。
「まず、お孫さんをギュッと抱きしめてください」
「次は、ハラボジ、ハルモニを思いっきり抱きしめて…」
児童からの「ハラポジ、ハルモニ大好き」の言葉に、祖父母たちは早くもメロメロである。ほおずりをするハルモニ、いつもは気難しいであろうハラボジたちも、膝に乗った孫を離そうとしない。両親の祖父母四人がそろって来た家は順番待ちだ。代理出席のオモニたちも、ちゃっかりと児童とのスキンシップを楽しんでいた。
黒い雲がモクモク/雨が降って…/ピカピカ雷の音…/初めは石(グー)
もう一度石(グー)/みんなでジャンケンポン
一で膝を叩いて、二で手拍子、三で指を鳴らす動作を挟む振り付きの歌が繰り返される。
隣の家のおばさんが/キムチを漬けた/辛い、辛い、辛い、辛い/あー辛い
「キムチの歌」である。祖父母たちも振りについていこうと夢中になっている。音楽担当の朴先生が低学年の担任と一緒に、見事に場を盛り上げていく。会場は収拾不可能な騒乱状態である。

ハルモニの「イムジンガン」の独唱も良かった。孫と娘が弾くピアノに合わせての千葉のハルモニの歌にはアンコールがでた。
最後は、「かわいい孫のために」と歌いだした茨城から来たハルモニの民謡に合わせてチュンパン(踊りの場)である。児童たちもハルモニに混じって、少し怪しげに肩を上下しながらその輪に混じっていく。その一方で、飽きたのであろう、何人かが床に置かれたスピカーを囲み耳をあて、溝に指を突っこんで、いたずらしている。
いつも大きなカメラを構えている五年担任の黄先生の姿がない。六年担任の梁先生はたしか独舞のときにはいたようなのに見当たらない。それにいつも児童にちょっかいを出している四年担任の成先生も見えない。
窓越しに運動場を見る。人影はない。音楽室?二階に下りる。一年生の教室はがらんとしている。隣の二年生の教室をのぞくと、四年生が、日本語の時間なのか、黒板には「求」、「帯」、「管」の文字が書かれている。三年生の教室では五年生が練習帳の升目を埋めている。机の上には「漢字練習ノート」と「漢字学習ステップ」が開かれていた。六年生も音楽室で漢字とにらめっこだ。
昼食は四年生のオモニたちがつくった朝鮮風冷やしうどんがふるまわれた。祖父母と孫が並んでの食事。一三〇人を超える食事の世話に、オモニたちは行ったり来たり四苦八苦だ。それでも笑みがこぼれる。高学年にも同じメニューが「一日給食」として出された。二階の廊下には、おかわりの長い列ができていた。
三階では、学年、家族単位での記念撮影がつづく。孫と祖父母は、顔立ちもしぐさもなんとなく似るものだ。
膝の上で孫を抱くので、児童の椅子はいらない。撮影担当の金教務主任は、笑顔を写そうと、「キムチ」と掛け声をかけるが、何をも言わなくても、自然と笑みがこぼれる。そんなにぎやかで、ほのぼのとした一日だった。
■写生会と朝大の三人の研究院生
写生会は、遠足とともに秋の二大課外授業だ。九月の第四週の火曜日、この日も三一度、真夏日だった。
学校に着くと、すでに児童たちは下級生から上級生の順で歩きだしていた。校舎と運動場の脇道を進み、四車線の道路を横断して裏道をしばらく行くと、目的地の板橋交通公園だ。一〇分足らずである。
公園の入り口で、五年生と六年生の児童が、金教務主任が車に積んできた画材を手分けして集合場所まで運ぶ。
公園の中央の広場で、金教務主任が水分補給など、いくつかの注意事項をのべ、三人の図工の講師をあらためて紹介する。今年から図工の時間を二学年づつ受け持つようになった朝鮮大学校の研究院生である。
…暑いとはいえ九月中旬を過ぎ、秋の薫りが漂っている。公園を一回りして、自分が魅力を感じた所を描きましょう。色を合わせ、自分がつくった自分の色彩を大切にして…
五、六年担当のキム・スソン先生の話は、低学年には少し難しいようだが、児童たちは一生懸命集中しようとしていた。

画材配布の担当は、成先生だ。冗談を織り交ぜながら、一人一人に声をかける。描く対象を迷っているのか、三〇分以上たっても画材を取りに来ない児童もいる。しばらくすると、「落ちてきた鳥のフンが画用紙についてしまった」と、少しあわて顔の女子児童が走ってくる。「ウンがつくから、取り換えない方が上手に描けるかも…」と、言いながら成先生は、新しい画用紙を渡していた。
先生は、公園を回りながら、日陰に座って描くよう、気を配っていた。
多くの児童が展示されている路面電車とバスを描くものと思っていたが、人気を集めたのは、左右に枝を大きく伸ばした樹木だった。電車やバス通学の多い、ウリハッキョの児童たちには、乗り物はいつも見慣れた風景なのであろう。
クレヨンでいきなり書き出す低学年の画用紙は、またたくまに色で埋められていく。暑さもあるのだろうか、真っ赤な太陽が、皆の画用紙の上にも輝いていた。驚いたのは一年生がクレヨンだけではなく、絵具を使っていることだ。絵具は、イオ信用組合の入学のお祝い品だそうだ。
デッサンから始める高学年は、慎重だ。鉛筆で描いては消す、場所を移してまた描いては消す、そんなことを繰り返す児童が大半だ。
ふと、皆が絵具を揃えられず、教育会の先生がどこからか廃棄処分になった絵具を入手して配ってくれた、もう五〇年前の出来事が思い出された。固まってしまった色もあって、チューブをはがし、水にぬらした筆で幾度もなぞった、記憶がある。

孫を遊ばせに来たおばあさん、ベビーカーを引く母親、父親もいる。近隣の保育園の散歩コースにもなっているようだ。
児童たちは、そんな園児や幼児ともすぐ仲良しになる。おばあさんに代わって、二、三人で幼児をあやしている児童がいる。幼子をモデルにしている一群もいる。帽子に縦縞のズボンの男の子、二歳だという。児童が親しげに名前で呼んでいる。顔見知りかと聞いくと、はじめて会ったという。父親が連れて帰ろうとするのだが、児童たちから離れようとしない。
「パパが待っているから行きなさい」
児童に促される。それでも未練たっぷりに、幾度も振り返っていた。
児童たちは「小さな親善大使」の役割も立派に果たしているようだ。
二時間もすると、朝大の三人の先生の前には、「点検」の列ができる。
「白い所は、絵具で塗りつぶしなさい」、「青に黄色を少しずつ合わせてみては。この緑に近い色になるはず…」、「美術の展示会にだせるよう、ていねいに…」
アン・スナ先生とキム・エリョン先生の指導は具体的だ。
「この絵の地平線は…」「角度を変えてみて…」
キム先生の指導は、児童には少し高度な気もしたが、高学年の児童の受けはいいようだ。

「ソンセンニム(先生)、トイレ…」
指をさして教えるのだが、とんでもない方向に行こうとする低学年の児童、追いかける先生。水を入れすぎたのであろう、筆を洗う容器から水があふれ、周囲に水をまきながら運ぶ児童、飽きたのであろう、幼虫をカラスの羽で叩いている児童たちもいる。低学年の児童は、まだ目が離せない。担任は公園内を忙しく行き来していた。(つづく)