
金日宇・金淑子著「私のピョンヤン訪問記-快適な共和国訪問の仕方」11月22日配本
B6版・310頁・頒価1.680円
目次
■第1部■ 7泊8日-ピョンヤンで見たこと、聞いたこと (金日宇)
まえがきにかえて・最高齢は88歳?(成田発-北京・泊-平壌着)
*成田から平壌まで-5つのチェックポイント
リポートⅠ 父の納骨・兄妹、同級生らとの再会
リポートⅡ 実感した市民生活の大きな変化
リポートⅢ 「150日戦闘」、市民が語る「キム大将」
リポートⅣ 共和国訪問をエンジョイするための10の心得
あとがきにかえて・搭乗は出発5分前!(平壌発-北京-成田着)
*平壌から成田まで-3つのチェックポイント
■第2部■ パンツルック、啓蒙期歌謡-流行はとめられない (金淑子)
■余 録■ 行政地域に1~3の綜合市場・他22題
■付 録■ 2001年春・13年ぶりの共和国(金淑子)/平壌点描(金日宇)
紹介文・生活者の目から見た朝鮮-上
在日朝鮮人2世の夫は3人兄妹だが、兄と妹は朝鮮にいる。兄は1960年代に、妹は1970年代にそれぞれ帰国した。今回の訪朝は、兄と妹のいる朝鮮の墓に父の骨を納めるのが目的だった。
1960年以降、10万人の在日朝鮮人が朝鮮に帰ったといわれている。家族そろって帰った人もいるが、離れ離れになった家族も多い。そんな家族が再び会えたのは1970年代末以降のことだ。誰もそんな長い別れを想定していなかった。朝鮮での生活は思いのほか厳しかった。以降、日本に残った家族の朝鮮への往来と仕送りが始まった。それを支えていたのが「マンギョンボン」号である。
季節が変わるごとに一枚、バーゲンでまた一枚、砂糖が安いからと買い込み、街頭で配るティッシュも集め、孫が生まれたらオムツとミルクを心配し、就学したらランドセルは無理でも、鉛筆とノートくらいはと送り届ける。在日同胞は共和国で暮らす肉親と一緒に生活していたのである。帰国者を持つどの家にもこうした荷物が積まれているはずである。(144頁)
いつの間にか高齢化した父母たちは、年金生活を切り詰めて荷物をつくり、旅費を貯めた。しかしそんな家族の思いに塩を注ぐように、2002年以降はマスコミ総動員の「北朝鮮バッシング」が始まった。飢える子供たちの映像、生き地獄だという脱北者の証言…。朝鮮に家族を持つ在日朝鮮人の心情などお構いなしである。その上在日朝鮮人への嫌がらせまで加わり、「朝鮮民主主義人民共和国の海外公民」を自負していた父は、相次ぐいたずら電話に40年近く掲げていた表札さえ下ろすことを余儀なくされた。さらに2006年からは年老いた親たちと朝鮮に住む子供たちの唯一の絆だった「マンギョンボン」号の航路も絶たれ、今年(2009年)6月からは、荷物の郵送も厳しく制限された。
80代の高齢者が大きな荷物を持って、言葉もわからない国でさまざまな手続きをしながら飛行機を乗り換えるのはととても無理だと、航路の再開だけを待ち望んでいた父は昨年4月に急死し、日本で荼毘に付された。(以下・次回)
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