「物語」の案内書の配布に授業参観へ-その2 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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 公開授業が始まる20分前に学校へ戻る。

 受付表を見て、「出足が遅いのでは」と、たずねる。「いや、始業ベルと同時に飛び込んでくるんですよ」、と校長先生の余裕の答えである。他の学級担任の先生は教室へ、校長と教務主任、それに少し前までトイレのドアを拭いていたコ・ヘンス先生が一緒に出迎える。

 コ先生は、数10年間、ここで教鞭をとっていたチェーサムの「名物先生」。たしか、数年前、退職されたと聞いていた。その後も学芸会などの学校の行事を手伝う姿があったので、今日もボランティアに来られたと思っていたのだが…。

「ソンセンニン、パンガッスンミダ」(先生、お久しぶりです)、「今度は何年生を教えるのですか」とのオモニたちに、コ先生は「出戻りです。よろしく」と笑顔で応じている。

 そういえば、久しぶりのチマチョゴリ姿だ。6年生担当の国語の先生として「復活」されたというのだ。

 校長先生はチョーサムに赴任して来て3、4年? いまや古株の教務主任にしたって10年選手である。コ先生は何十年? 受付でのやり取りを見ていると、学父母のどちらか一人はコ先生の教え子のようだ。

 授業開始を知らせる予備ベルが鳴る頃には、受付表は参加を示す○印で埋まっていた。ジョナサン組を含めて、父母が続々と教室に吸い込まれていく。つっこむようにして校門に入る自転車組も続々と到着する。

 受付表は、児童の名前の隣の欄は父・母・その他となっている。
 
 「その他」とは?

 夫婦、子連れでの授業参観、教室で孫の一挙手一投足をやさしい眼差しで追うハラボジ、ハルモニの姿…。家の近くのS学園の催しでは、着飾った学父母を見ることがある。普段着の家族のような温かさは、ウリハッキョならではの光景かも知れない。

 「その他」とは、祖父母と新入生候補?の子ども用だったのだ。

 学校側も手馴れたもので、キャンデーを配っていた。「ソンセンニン、アメ玉一つで、うちの子はウリハッキョに入れませんよ」との軽口も。しかし、ガキンチョは、我が物顔で廊下を走り回り、階段を駆け上っている。すっかりチェーサムの子である。 

 受付表の高学年の父・母・その他の欄にやたらと×印が目立つ。来られない学父母を事前にチェックしているのか思ったら、低学年に弟や妹がいるケースだという。巷では、少子化・一人っ子が多いといわれているが、ウリハッキョは2人兄弟が少なくないようだ。私たちの頃、1950年代、60年代は、殆どが3人兄弟、4人、6人兄弟というのも珍しくはなかったのだが。(以下次回に)