
草創期に教鞭をとっていたチェ・ヨンドク氏が「チュッキ ジョネ(歩けるうちに)一度訪ねてきたかった」と、日本人の夫人を伴い60年ぶりに朝高を訪れたというのだ。
「ウリハッキョがこんなにも立派になったとは…」
「こんな立派な学校があり、心おきなく学ぶ子どもたちがいて本当に嬉しい」
「かれが流す涙を見て、自分も涙ぐんだ」という、筆者の次の言葉もまた、心打つものがある。
「60年前にかれが思い描いた未来が、まさしく今日目にした学生たちのたのもしい姿であった。60年前には考えることすらできなかつた光景であり、強く願っていた光景が今彼の目の前に広がっているのである」
今年1月15日の出来事です。
確かに、「東京朝鮮中高草創期10年史」の「教職員名簿」には、社会科担当教師「崔容徳」が刻まれている。
「朝鮮新報」に載った投稿は
http://www.korea-np.co.jp/news/ViewArticle.aspx?ArticleID=35192