「東京朝鮮中高草創期10年史」刊行、その後 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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 7月25日発の「朝鮮新報」電子版の「メアリ」のコーナーでも紹介されたが、日本に限らず南北朝鮮からも様々な反響が寄せられている。


●平壌から●

 この間、平壌を訪問した方々を通じて、何冊かの本が卒業生に手渡されたようだ。

 「一晩で読んだ。今、同級生が廻し読みしている」との感想や、本文中の氏名などの誤りを正す手紙も届いている。


●南朝鮮からも●

 インターネットや人づてに、本の購入を希望する人が。在日に対する研究者に限らない。

 当時の教職員と学生の8割以上が南朝鮮出身者。教員の中には、京城大数学科や延禧専英文科、釜山体育師範出身もおり、卒業生名簿には共和国への帰国者と共に、南朝鮮に帰京した学生たちが記されている。そうした方々には懐かしい思い出が綴られた一冊のようだ。

 「教員をして、共和国に帰国した兄の名が記されているというので、是非ほしい」というソウル在住の妹さんにも、本は届けられた。


●「朝鮮新報」に紹介されたエピソード●

東京朝高6期生

1956年に47人の帰国希望同胞が日赤本社前で4月から2ヶ月間座り込みを行った。その後、同胞たちは2組に分かれて自費で帰国した。

◆1陣の20人は、12月 6日に門司港を出航して中国の上海を経て、12月14日に平壌に到着した。著書で、この事実に言及したオーストラリア国立大学の教授はこの「最初の帰国者」たちのその後の消息はわからないと書いた。

◆数日前、『朝鮮中央通信』は「幸せの絶頂に上がった知識人」とのタイトルで祖国の懐で労働英雄、人民科学者、院士、教授、博士に育った金日成綜合大学電子材料研究所の金尚玉所長を紹介する記事を発信した。7月15日の(朝鮮新報の)電子版に掲載された。

◆何日か経って復刻版『東京朝鮮中古創始期 10年史(1946~56.10.5)』の編纂に携わった同級生から連絡があった。金尚玉所長は、東京朝高6期の卒業生(56年)で、当時祖国の配慮によって組職された祖国進学組に推薦されていたというのだ。『10年史』で、彼の名前を捜すことができた。

◆また、記事を読むと「1陣」の中の一人であるとは言及されてはいないものの、56年12月に祖国に帰って来たと書いてある。『労動新聞』6月18日付の 4面に、彼を紹介する記事が、紙面のほぼ半分を割くように大きく掲載されている。「大河ドラマ」を彷彿させるエピソードがつまった感動的な内容だった。日本にも堂々と来た事があった。同窓生たちとも会っている。

◆顔見知りではないが、同じ学校に籍を置いた同門と先後輩が様々な分野で活躍しているという消息に接すると、同門の連帯感というか、自分のことのように嬉しくて誇るようになる。今年、東京朝高の卒業班の学生たちの3回にわる祖国訪問は終わった。次の機会に同門の再会の場がもたれれば良いのだが。(呉)

原文は
http://www.korea-np.co.jp/news/ViewArticle.aspx?ArticleID=32628


7月14日付の『朝鮮中央通信』の記事は
http://www.korea-np.co.jp/news/ViewArticle.aspx?ArticleID=32495

『労働新聞』の記事は電子版に載っていない。


追・オーストラリア国立大学の教授の著書とは

 「『帰国事業の』の影をたどる
  北朝鮮へのエクソダス」

 テッサ・モーリス・スズキ著 2007年・朝日新聞社刊