
(「第6回卒業 記念写真帖 1953.3.25 東京都立第三朝鮮人小学校」)
【07年11月29日・木曜日】平壌から「チェーサム物語」の感想文が届きました。妹のキュランからですが…。
「時代の違い」を実感したと、書いてます。
「思い出を書いたときは、自分なりにそれでも良く書けたと思ったけれど、『チェーサム物語』を読むと、ウリハッキョを建てるために、私たち子供たちを学ばせるために一切れのパンを分け合って、家々を訪ね歩いた先生方と総連の活動家の皆さん」、
「雨漏りがして、地べたに机を並べたとても教室とは呼べないところで、また青空教室で、学んだことをすべてが祖国と民族を守るための礎(いしずえ)にと願った、教員はもちろん、児童そして学父母のその真心を語りつくすことはできません」
新校舎の廊下でのスケートは40年以上経った今も忘れられない思い出のようです。「学校をつくるために血と汗を流した一世、学校を守るために戦った先輩方」に感謝し、自分たちも「一円カンパ」に一生懸命だったと言い訳しながらも、廊下に水を撒いてのスケート遊びに夢中になったことにいまさらながら、呵責を感じているようです。
感想文はつぎのような文で結ばれています。
「第二部(下巻)の刊行が待たれます。
そして柳○オッパにもこの本を贈って下さい。二部が出たら、柳○オッパの分と私キュラン、イリに一冊ずつ送って下さい。
この本を持っての再会の日を指折り数えています」
手紙は、2007年11月23日付です。
同封されていた兄からの手紙にも「チェーサム物語」を受け取ったということと、「道で偶然に会った尹○○が『本を嬉しく受け取った』との挨拶を伝えてくれてといっていた」と、記されていました。
妹のキュランは、チェーサムの18期生で、柳○と尹○○は、帰国した私の同級生の15期、イリは私の兄(13期)のことです。
この何年間は「マンギョンボン」号による祖国訪問の道が絶たれ、帰国したチェーサムの卒業生に話を聞きに行くこともままならず、また本一冊送ることすら困難な状態です。
一日も早く「制裁」やらが解除され、上巻に登場した卒業生たちに「本」が届き、また下巻にも多くの卒業生の思い出を載せることができれば良いのにと願わずにはいられません。(ik)
■「草創期の東京チェーサムを記録する会」からのお願い
①上巻の普及で、下巻の刊行をご支援下さい。
まず読んで下さい。そして誰かにすすめて下さい。貴方のお名前で、当会から直送いたします。
「私たちの東京朝鮮第三初級学校物語」上巻(証言編)
日文・368頁・頒価2.860円
ご注文はTEL.FAX 050-3322-0688、メール
uil21@yahoo.co.jp
関連ホームページ
http://www4.ocn.ne.jp/~uil/tokyo3.htm
②一口三千円の賛助金にご協力下さい。
下巻の巻末にお名前を記し、記念として一冊贈呈します。
(郵便振替 00150-3-190686 工房ウイル気付 「記録する会」)