祝!!! ケー・スニに大会MVPの「一本トロフィー」 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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 国際柔道連盟は17日、世界選手権大会で最も「一本勝ち」が多かった選手に与える「Ippon trophy」の受賞者としてケー・スニを決定した。ケー・スニは今大会、6試合中4試合を一本勝ちで決め、参加304選手中トップ。男子は、ブラジルのディアゴ・カミヘルが授与した。

 大韓柔道会のチョ・ヨンチョル専務は、「2005年エジプトカイロ大会までは、大会ベストプレーヤーとイッポントロフィーを別々に授与していたが、今大会ではイッポントロフィーだけになった。したがって事実上最優秀選手(MVP) として見てもいいだろう」とコメントしている。

 ソウル発の「連合ニュース」(09.18)は、「ケー・スニは、2003年と2005年大会で連続ベストプレーヤー賞を受賞しており、全世界『柔道女王』と呼ばれることに遜色のない実績を残した」と報じた。

詳しくは
http://nk.chosun.com/news/news.html?ACT=detail&res_id=99671&page=1

 一方、インターネット版「京郷ニュース」(09.16)は、ケー・スニの4連覇を次のように伝えた。

 体級もあげた。年も取った。それに結婚までした。世界選手権大会金メダルは易しくないようにみえた。こんな先入観をすべて打ち破って世界の頂点上がった主人公が、まさしく1年余ぶりに国際大会に姿を現わしたケー・スニだった。

 ケー・スニはこの日、女子57㎏級決勝で、イサベルペル・ヘルナンデス(スペイン)を競技開始1分5秒で、一本勝ちした。
 
 2001年ドイツミュンヘン大会 52㎏級で初優勝した後、57㎏に体級をあげて 2003、2005、2007年に至るまで世界選手権4連敗。ケースニは、金メダルを確認する瞬間、涙を流しながら泣き右手の五つ指をぱっと広げた。2009年大会で、5連覇を達成するという意志表示だった。

 ケー・スニは、すでに広く知られた北韓柔道の最高英雄。17歳の時の1996年、アトランタオリンピック48㎏級決勝で当時、84連勝を疾走していた女子柔道最強者田村亮子(日本)を破って優勝したことが、華麗な選手生活のスタートだった。

 以後、ケー・スニは、10年以上世界の頂点を引き続き守って来た。98年バンコクアジア大会で金メダル(52㎏)、2000年シドニーオリンピックで銅メダル(52㎏)、2004年アテネオリンピック銀メダル(57㎏)、そして世界選手権 4連覇に至るまで。ケー・スニは人民体育人称号を受けるなど、北韓を代表する世界的なスポーツスターとして、最高の待遇を受けた。

 何より体級を二回もあげながら、世界の頂点を守ったことが凄い。ケー・スニは 97年に48㎏から52㎏に、2002年には再び 57㎏にあげた。そして、いつしか28歳になった。柔道選手では還暦の年だ。それに 2006年 2月に結婚した後、しばらく国際大会に姿を現わさなかった。

 「ケー・スニは、まだ柔道をしているのか」との声や、「ケー・スニの時代は幕を閉じた」という意見がでるのも無理からぬことだった。

 しかし、今大会で見せれたケー・スニの技量は変わりなかった。5,6歳年下の選手たちに力負けしなかったし、技術は相変らず世界最高だった。

 ケー・スニの目標は、2008年北京オリンピックでの優勝と2009年世界選手権大会での5連覇。特に世界選手権大会に比べて力を発揮できないでいるオリンピックでの金メダルを加えることが最大の希望だ。

詳しくは
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=200709161818061&code=980701