いよいよN響の新しいシーズンが開幕した。
始まりを告げるのは、やはり我らの首席指揮者、パーヴォ・ヤルヴィ
しかもショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」という大曲だ。
まったくパーヴォさんという方は、才能は勿論だけれど、体力も底知れない…
つい先週も「ドン・ジョヴァンニ」というオペラ全曲を指揮したばかりで、そこから何日も経っていないというのに、今度は「レニングラード」という難物だ。
N響メンバーの地力も凄い。
プロなんだから当然?…なのかどうか知らないけれど、このオーケストラの団員としてやっていくには、並大抵のことでは無理だろうと思う。
さて…
そのN響のシーズン開幕だというのに、よりによって日本列島には台風が襲来。
幸い東京地方は「普通の雨」が降った程度で済み、大嵐にはならなかったのだが、「普通の雨」程度でも、出かけて行くのが億劫になる渋谷のNHKホール…
雨ざらしで鞄からチケットを出さねばならず、傘置きの1つも設置されていない最悪の設計!
かつて何回か、本当に台風に直撃されていたり、大雪に見舞われた時にも行ったことがあるけれど、その度に胸の内で悪態の限り呪ってきた
今回もそうなるかと心配されたが、それは何とか回避され、コンサートには平常心でのぞむことができたのは有り難い。
昨日の演目は「レニングラード」だけで、休憩は無し。
コンサートマスターは、ゲストでロレンツ・ナストゥリカ・ヘルシュコヴィチさん!
この方のヴァイオリンの音色ときたら、なんとまあ力強く美しかったことか。
そこに優秀なN響の弦セクションが、グイーッと吸引されて1つになり、見事に一本に生命を宿していた!
昨日は、木管も金管も、そして打楽器も、どれも非の打ち所がなく完璧だったけれど、弦楽器の揃い方は鬼の域で、圧倒されて、私は何度も泣きました。
それにしても、「レニングラード」は怖い曲だ。
NHKホールのような音響最悪のホールでなかったら、逆に「恐怖」がトンデモないことになって、子供なら泣き叫んで耳を塞いでいたかもしれない
特に第1楽章の戦闘シーンは、音に蹂躙されて息苦しくなり、私は思わず深呼吸した。
下手をするとパニックを起こしそうに怖い音楽だ。
「レニングラード」は、今は「サンクト・ペテルブルク」と呼ばれている、ロシアの都だ。
そもそも街が創建された時に「サンクト・ペテルブルク」と名付けられ、その後「ペトログラード」→「レニングラード」と改名され、今また「サンクト・ペテルブルク」に戻っている。
「レニングラード」は、レーニンに因んで名付けられもので、そのレーニンを嫌っていたスターリンは、その名を冠した街に冷淡だったのかどうなのか…
ドイツ軍の兵糧攻めは3年近くに及び、その間、包囲されたレニングラードの100万人近くが亡くなったと聞くが、そこまで市民を苦しめたのはドイツ軍だけではなく、ソ連指導部にも半分は責任があるのでは?
ショスタコーヴィッチのように国家の上層部からの命令で「脱出」できた人は辛うじて生命を救われたものの、名もない市民は街を出ることを事実上禁止されており、1日にパン数切れで塹壕を掘ったり、餓死者を片付けさせられたり、まさにあえて地獄に放置されていたわけで…
第4楽章の最後では、高らかにロシアの勝利が歌い上げられるけれど、その反復の「これでもか」という執拗さには、ショスタコーヴィッチの真意が込められていると思う。
ここはもう聴きながら涙が抑えられない迫力で、ここ数年のN響定演としては、最上の演奏の1つだったことは間違いない。
レニングラードという都市と共に、いったいどれだけの人間が尊厳のないまま死に、葬られることもなく、この世から消えていったのか…
その声なき声が結集して叫んでいるようで、そこには日本の太平洋戦争で亡くなった人々や、世界中のあらゆる戦争の犠牲者も巻き込み、天に昇っていくようだった。
「レニングラード」の終幕は、確かに祝祭的だけれど、祝祭と表裏となる悲しみの影は濃く、オーケストラの極彩色がこんなに怖く感じられたこともなかった。
昨日のパーヴォ・ヤルヴィの指揮には、真実迫るものがあり、N響の演奏も、期待していた何倍も素晴らしく、おそらく歴史に残る名演となったのではないだろうか。
雨の中、渋谷へ。
こんな天気でも、渋谷駅前の交差点には、大量の人、人、人…だ。
第二次世界大戦終結から70年あまり。
日本の平和は、いろいろ脅かされながらも、表面上はまだまだ守られているかのように見える。
しかし、万が一にもそれが崩れた時、私は、人としての尊厳を守り存在していられるだろうか?
今の時代が、「レニングラード」の第1楽章冒頭でないことを祈りたい。
第1864回 定期公演 Aプログラム
2017年9月16日(土)開演 6:00pm
NHKホール
指揮 : パーヴォ・ヤルヴィ
NHK交響楽団
ショスタコーヴィチ 交響曲 第7番
ハ長調 作品60 「レニングラード」[73′]
I アレグレット
II モデラート(ポコ・アレグレット)
III アダージョ
IV アレグロ・ノン・トロッポ