登山者ならだれもが一度は登りたいと憧れる槍ヶ岳に登った。
大阪を早朝(7:00)に出発し、13:20上高地バスターミナル(1504m)に到着した。
今日は木曜日なので、一般のバスも乗り入れが出来る。
 
バスターミナルは河童橋のすぐ手前にある。
穂高連峰山頂付近はガスに覆われて稜線が見えない。 

明神橋に向かって歩き始める。
本日の目的地「横尾」までは平坦な道が続く。
 
河童橋から50分で明神橋(1530m)に到着。(↓)
上高地からここまでは一時間程度なので、一般の観光客もハイキング気分でやって来ている。

明神橋から一時間で徳澤(1555m)に到着。キャンプサイトには色とりどりのテントが並ぶ。(↓)
  氷壁の宿「徳澤園」(↑)では名物のアイスクリームを食べる。
 表の看板にも「Famous Ice Cream」書いてあった。
  
徳澤園から一時間で本日の宿泊地横尾山荘(1620m)に到着。(↓)
 
横尾大橋(↓)を渡って行けば本谷橋から涸沢カールに続いている。
両側にはキャンプ客のテントが並ぶ。(↑) 

横尾山荘の夕食。(↓)
 
横尾山荘は浴室を完備しており、山小屋とは思えない快適な宿だった。

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ご承知の通り、7月28日未明から山口・島根の県境付近が記録的な豪雨に見舞われ、河川の増水や土砂災害などで、死者・行方不明者が出るなどの人的被害と、家屋の流出や床上浸水など、甚大な災害を受けました。

今回は、兵庫県社会福祉協議会が全国に先駆けてボランティアバスを出すことになり、それに応募して山口県萩市須佐地区に出かけました。

目的地の萩市須佐地区を地図で調べてみると(↓)マーキングA部分
須佐は萩市でありながら、同市中心部から約35km離れており、島根県益田市の方が近い。 


8月2日13:00に「ひょうごボランタリープラザ」(神戸駅の近く)を出発したボランティアバスは5時間チョットで益田市に到着し、須佐には宿泊施設が無いので、ここで一泊した。

3日の天気が心配されたが、運よく晴れたり曇ったりの天気でボランティア日和となった。
午前8時過ぎに萩市災害ボランティアセンター(県立奈古高校須佐分校校庭)に到着(↓)。
   
ここで、ボランティア登録をして、今日のボランティア活動先が決まる。
我々の活動地域は漁港近くの民家の建てこんだところ。(↓)

蛇行している川の氾濫によって1階の床上70cm位まで浸水した。
川下からすぐ上流にかかる橋を見ると(↓) 欄干に流木などが残る。
 
街の風景(↓)

何事も無かったかのように写っているが、道路面から1.2m~1.5m浸水した。
 
ここでの我々の仕事は床下に溜まった泥出しだ。
床下の泥の厚さは7cm程度あり、水害の凄さがうかがえる。

ボランティアに参加している人は、東日本大震災などの被災地を経験している人が多く、その人たちは要領を心得ているので、自分に与えられた仕事を黙々と熟してゆく。  

だが、床板を剥がしただけで、大引きや根太がそのまま残っており、作業性が悪く、柄の長いスコップなどは使えない。
要領の悪い人は全身泥まみれだ。

泥まみれになりながら、ボランティアは良く働き、要望された作業量をほぼ達成した。
午後2時に作業を切り上げて、現場を撤収(通常のボランティア活動時間は3時までがだが、神戸までの帰路を考えると2時切り上げが限度となる)したが、撤収前に泥出しをした家の人が、目に涙を浮かべてお礼を言ってくれた。
ボランティアの善意に対して、感謝の気持ちで応えてもらえるのが一番うれしい。達成感と満足感にひたりながら、ボラセンに戻った。


東日本大震災時のボラセンは混乱していたが、その学習効果からか、ここのボラセンは撤収後の対応が良く、長靴の洗浄・除菌やウガイ薬のサービスがある。
 
更に、地元のパン屋さんが感謝して、ボランティアから戻ってくる人達にパンを無料で配っていた。(↓)
 
今回の参加者23名のうち、何名かは以前の災害救援ボランティア活動で一緒だった。
活動の合間に当時(2年前)のことを話していると、宮城県や和歌山県での活動がつい最近のことのようによみがえってくる。
雄勝(石巻市)の時は入浴要請を兵庫県社協の担当者に無視されたが、今回は、その学習効果があったのか、近くの田万川温泉での入浴が行程に組み込まれていた。

汗を流して帰路につき、午後10時過ぎに神戸に戻ったが、同行したメンバーとは、また何処かの被災地で再会するかもしれない。

◆今回の総括
他県からボランティアに駆けつけたのは兵庫県が一番早かった。1995年の阪神・淡路大震災では全国のボランティアに助けられた経緯があるだけに、今回迅速に対応できたのは非常によかったと県社協を評価したい。

ただ・・・活動日数が短すぎた。
通常は、2泊3日の行程で、活動日数が2日間あるが、今回は1日間だけで物足りなさが残った。折角山口県まで来たのだから、もう一日活動したかった。


過去の災害救援ボランティア
2011年5月 石巻市でのボランティア活動
2011年5月 東松島市でのボランティア活動
2011年5月 石巻市雄勝町でのボランティア活動
2011年6月 宮城県亘理郡山元町でのボランティア活動
2011年7月 気仙沼でのボランティア活動
2011年9月 那智勝浦町でのボランティア活動



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今日は南八ヶ岳縦走最終日(3日目)だ。
早朝6時に赤岳天望荘(2720m)を出発して赤岳に向かう。(↓)

 
急峻な岩場が続く。(↓)後方は赤岳天望荘。
 
赤岳山頂小屋に到着。(↓)
 
 山頂小屋から赤岳山頂に向かう。(↓)
 
 赤岳山頂(2899m)に到着。(↓)
   
 ここから一気に下山する。
 先ずは中岳方向に向かう。(↓)陽気な山岳ガイドのFさん
  
 続いて、文三郎尾根に向かう。(↓)後方は中岳から阿弥陀岳。
  
 ここから急な階段が延々と続く。(↓)下の方に行者小屋が見える。
 
行者小屋(2350m)で休憩。(↓)
 
土曜日なので、登ってくる登山客が多く、登り優先ルールで下山には結構時間がかかる。
赤岳鉱泉(2220m)をスルー(↓)  
 
美濃戸山荘(1730m)で休憩。(↓)
 
 我々は北沢ルートをとったが、南沢ルートもある。
 
12時40分、 美濃戸口駐車場(1490m)に到着。(↓) 
 
昼食や休憩を含めて、所要時間は6時間40分。歩行距離は約7km

これから温泉に行き、汗を流した後に冷えたビールが待っている。




 


今日の予定は、オーレン小屋を経て夏沢峠から硫黄岳に登り、硫黄岳山荘、横岳から赤岳天望荘まで。(約7km)

まず、硫黄岳を目指す。
硫黄岳(2760m)は夏沢鉱泉(2060m)から標高差700mを登る。

6時40分出発。最初は林間コースをルンルン気分で歩き始める。(↓)
 
オーレン小屋(2320m)を経由(↓)
 
夏沢峠(2440m)に着いた(↓)
 夏沢峠から硫黄岳を望む(↑) 奥に平らに見えるのが硫黄岳。
 
頂上手前ではケルンが並ぶ。ガスで視界が効かないときの目印となる(↓)
 
硫黄岳の爆裂火口を観る。(↓)
 
 動画で見るなら下の画像をクリック(↓)
 
硫黄岳を降りて、硫黄岳山荘(2650m)の傍にある駒草神社(↓)
 
この辺りは、高山植物のお花畑だ。(↓)
  
   
   
   
   
 画像をクリックすると拡大します(↑)
 
 高山植物の女王は、やはり「コマクサ」だ(↓)
   白いコマクサもあった。(↑)

シャクナゲも至る所に咲いている。(↓)
ハイマツに交じって咲いているところから「ハイマツの恋人」と呼ばれるらしい。 
  
硫黄岳山荘からはナイフリッジの鎖場などがあり、安全を期してテープスリングとカラビナを装着して登る。 
 

横岳(2829m)に到着。(↓)後ろの山ガールは山岳ガイドのFさん。
 (山岳ガイド Fさんのブログは、ここをクリック) 

 横岳から赤岳天望荘に向かう。(↓)赤岳手前に天望荘が見える。
  
「地蔵の頭」まで来た。(↓)
 
地蔵の頭から、辿って来たルートを振り返る。(↓)
 
14時40分 赤岳天望荘(2720m 今夜の宿)に到着した。(↓)
ここには、大きな五右衛門風呂がある。
石鹸の使用はご法度ながら、湯船につかるだけでも疲れがとれ、サッパリする。
 
天望荘から見た夕焼け。(↓)左手の山は赤岳。
 
  
今回の縦走では、今日のコースがハイライト。

八ヶ岳のルートは、夏沢峠から北側は平易で、南側は厳しい岩場が続くらしい。
厳しかったけど、色とりどりの高山植物のお花畑を観ながらのルートは最高だった。

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今日から2泊3日で南八ヶ岳に挑戦した。

コースは桜平登山口~夏沢鉱泉(泊)~夏沢峠~硫黄岳~横岳~赤岳天望荘(泊)~赤岳~行者小屋~赤岳鉱泉~美濃戸口下山口だ。

大阪を出て、桜平登山口まで約7.5時間かかった。
15:55   同登山口を出発(↓)
 
夏沢鉱泉まではダラダラとした登りの自動車道を歩く。(↓)
 
約30分で夏沢鉱泉(↓)に到着。
 
ここは、山小屋ではなく温泉旅館だ。
夕食のメニューも豊富で美味しかった。(↓)
 
温泉に入って、冷えたビールを飲み、最高の一日だ。

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