時間論を考える~『今』は存在しない?!~ | 働けなくなって勝ったと思っている

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うつ病で仕事も彼女もなくした元超高学歴ニートが、ネットで稼いで自由で自立した人生を手に入れるまでの記録を残すブログです。

時間は流れていきます。

そして、その先に待っているのは

『死』

です。


僕は小さい頃、将来待ち受けている

『死』

に恐怖して、毎晩泣きながら眠っていました。


当時はノストラダムスの大予言なんかもあったりして、

「1999年には自分は21歳でそれまであと~年しかない」

などと恐れてもいました。

まぁ、何もなかったですけど(笑)



それでは、時間って何なんでしょうか?


僕らは

過去→現在→未来

という時間軸で時間を捉えていますが、
よくよく考えると、この時間軸における

『現在』

と、今まさに自分が体験している

『今』

という時間は必ずしも同一のものではありません。



「は?何言ってんの?」

と思われるかもしれませんので
もう少し詳しく考えてみましょう。
(^_^;)


『今』の世界をあなたはどのように感じるでしょうか?


耳をすませてみてください。

今、色々な音が聴こえてきませんか?

窓の外を眺めてみましょう。

遠くのビルが見えたり、鳥が飛んだりしていませんか?


このように、『今』まさに世界は
常に動き、変化を続けています。


『今』というのは、様々な事象が起こっては消える、
変化が観察される舞台のようなもの
なのです。



それに対して、

過去→現在→未来

という時間軸でとらえた『現在』は、
過去から未来へ至る変化から
現在この瞬間の状態を捉えた物です。


この、時間軸で考えた『現在』は
変化のある世界を現わしていません


時間の流れを『現在この瞬間』に
凍結させたものだと言う事ができます。


その『現在』では変化は起こってないので、
今まさにあなたが体験している『今』とは
また別の物なのです。



『今』というのは様々な変化や躍動をしている
世界そのものであり、固定された存在ではない
ということです。


その観点からすると、

『過去』も『未来』も、現実には存在しません。

『過去』は今は既に消え去ったモノですし、
『未来』はまだ存在しないモノですので、
『今』その存在を確認することができないのです。


「過去については
 ハッキリと定まった歴史があるじゃないか!」

と思うかもしれません。


しかし、今、過去を観測することはできません。


昨日の事を思い出せば昨日の体験が
脳裏に浮かぶかもしれませんが、
昨日の事を思い出しているのも

『今』

なのです。


つまり、『過去』『現在』『未来』というのは
単なる概念に過ぎなくて、『今』感じる事は
できないモノ
なのです。


でも、『過去』に起こった出来事で
現在の世界のありさまは固定化されていますよね。

また、『未来』についても、
僕らは毎日、明日という『未来』が存在すると
信じながら過ごしています。



『過去』も『未来』も、今感じることはできないけれど、
その存在を確信しているからこそ、
僕らは生きていけるのです。


僕らは頭で

「生きよう」

と思っていなくても、僕らの体は
生きようとして常に活動しています。


お腹が空けば食べ物を探しに行きますし、
体の細胞は常に新陳代謝を続けています。


だから、僕らが生きようとすることそのものが、
時間が流れるという現象なのではないでしょうか?



僕は鬱で動けなくなった時、ずっと布団の中に入っていて、
ただ周囲の物事が変化していくのを眺めているだけです。


そんな時、未来を楽しみに過ごしてはいません。

消えたくなります。

自分の存在を抹消したくなるのです。


しかし、体調が良くて活動している時や
友人や仲間と集まっている時、
ビジネスの作業に取り組んでいる時は
明るい未来が存在することを

『確信して』

ようやく生きていこうという気持ちになります。


生きていこうと思うから、『未来』を考えられるのです。


だから、『時間』について深く考える時に
自分が生きていくという事はセットにして
考えるべきだと思うのですが、あなたはどうでしょうか?