3年半以上にわたる闘病生活を経て、父が旅立ちました。
ここ数か月、毎週のように福岡⇔病院のある山口・防府を往復。
どんどん状況は厳しくなっていきましたが、ドクターの予想を都度良い意味で裏切ってくれて、「また来れた」、「また会えた」を何度か繰り返し、親子の会話をたくさんすることができ、かけがえのない時間になりました。
しっかり「ありがとう」を伝えることができたのが良かったです。
そしていよいよ。
7月11日(土)
血圧も50台まで低下。一切話すことはできませんでした。先週の見舞いが最後の会話になりました。
この日はセブンイレブン(7・11)の日。病院地下の売店がセブンイレブンでした。
そして翌日・・・
旅立っていきました。
何度も「厳しい」という局面を父は乗り越えてきたので、どこかで「今日も大丈夫では?」という油断があり、実家で少しダラダラしていたら母から「急いで」の連絡が。それから大急ぎで病院へ。そして病院の駐車場で母に電話をすると・・・
少し間に合いませんでした。
その差、6分。
でもまだ体は温かく、耳元でもう一度大声で「ありがとう」を伝えました。
きっと最期は母と2人が良かったんだよね。照れ屋の父なので。
危篤状態から葬儀が終わるまでずっと快晴
ベッドの上で「幸せ」と笑顔で話す父親。
「幸せにはキリがない。前向きに努力せにゃ。前進あるのみ」
しっかり動画に収めることができた父からの金言。
この動画を見直しながらこれから頑張っていきたいです
父のおかげでマラソンをはじめ、今では大切な趣味です。
新聞でエピソードが取り上げられたのは大きな思い出です。
大会当日、朝刊が届くまで父には内緒。
新聞を見た時のリアクションが忘れられません

記事はオンラインでも読めます。
記事中でもサブ3を誓っているものの、これまでの自己ベストは3時間6分。まだ達成できていません。
あと6分。
間に合わなかった6分と同じ。
父から「しっかり6分縮めろよ」と最後のメッセージだったのかもしれません

葬儀が終わり自宅に帰宅した父と一献。
この日はこの場所を独占し、父と3次会、4次会・・・
たくさん話をしました

お酒が好きだった父。
ただ、飲み過ぎることも多く、お酒の失敗もあり。そして体調や家族のことも考え、病気になる前から5年以上、1滴も飲みませんでした。
つい、一杯やってしまう息子からすると、この強い意志はスゴイ

亡くなる少し前、本人も望んでいたし、「もう解禁してもいいよ」ということで少しだけビールを口にしました。本当に美味しそうでした。
何かとご配慮いただき、予定を調整してくださった方々など感謝申し上げます。
今日から少しずつ通常業務にシフトしていきたいと思っています。
どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。
またYouTubeもこういった状況もあり、数か月更新が滞っていますが・・・
これからまた動画を増やしていきたいと思います。
こちらも引き続きよろしくお願いいたします!!