「自己肯定感」って、結局は「人生肯定感」だよな、ということを、今朝寝床の上で横になりながら、ふと思いつきました。
自己とはなにか? というのはいろんな見方があるでしょうが、結局のところ、自分の人生そのものが自己である、とも言える。
人生が幸せということは、すなわちその人生を生きている自分も肯定できているわけです。
逆に、人生を不幸だと感じているのに、でも自己肯定感が高いということがあり得るか? と考えると、それこそ言葉の定義次第ではあるかもしれませんが、私にとってその場合の「自己肯定感が高い」というのは、偽の自己肯定感だよな、と思うんです。
自分は素晴らしい人間なのに、社会や世界がそんな自分を認めないから人生は不幸だ、と感じている場合、それって本当に自分を素晴らしい人間だと思えているの? とツッコむと、多分違うんじゃないかなと。
さて、そんなことを思いついたはいいんですが、例によってその先が思い浮かばなかったので、心に聞いてみました。
「自己肯定感なんぞ上げようとする暇があったら、楽しいことやれ、って話やな」
それを繰り返しているうちに、自分が本当に望むものというのが段々わかるようになり、さらにはそれを肯定できるようにもなっていって、つまりは自己肯定感も上がると?
「本来なら『繰り返さなくてもいい』んやが、まあそういうことや」
……だそうなので、自己肯定感が低い! 自分が好きになれない! という人は、それはそれとして自分が楽しいと感じられることをやり、楽しくないことはやらない! を貫いてみるといいかもしれません。