からだもこころも美しく -2ページ目

Renee Zellweger

Renee

 私はRenee Zellwegerが大好きです。
 一年前に買ったEnglish Journal のThe Voice of EJ にReneeのインタビューが載っていました。

 映画「シカゴ」や「ブリジット・ジョーンズの日記」等のインタビュー、映画「ベティ・サイズモア」でReneeがゴールデン・グローブ賞コメディー部門の主演女優賞を受賞したときのエピソードなどが紹介されていました。

 そして最後に

Interviewer:If heaven exists, what would you like to hear God say when you arrive at the Pearly Gates?
Zellweger:"Come on in. Come on in." That would be nice.

インタビュアー:天国が存在するとして、天国の入り口に着いたとき、神様に何と言って欲しいですか?
ゼルウィガー:「入っていらっしゃい。いらっしゃい」そう言われたら素敵でしょうね。

 最近Reneeの主演した「恋は邪魔者」原題Down with loveのDVDを買いました。本当は「ブリジット・ジョーンズの日記」が欲しかったのですが、「恋は・・・」の方がお値段がお得だったので、そちらにしました。

 しばらくは「恋は邪魔者」のReneeが私の英語の先生になります。
 素敵な言葉があったらまた紹介しますね。

英語耳について

マトリカリア

 英語耳ってご存知ですか?日本人には画期的な英語学習法なのです。日本人は中学・高校と6年間英語を学びますが、英語の発音をほとんど理解出来ていません。英語は、母音・子音が43あります。英語の音は日本語の発音と重なる音がごく僅かです。

 例えばBatとBut日本語のカタカナでは「バット」ですが、英語の発音は明らかに違います。しかし、日本人はカタカナの「バット」と同じ認識をしてしまいます。ですから「バット」と聞き取るのですから、そこから「コウモリ」か「しかし」か文脈から理解するしかありません。そうすると理解するにもいくつもプロセスを踏まなければならなくなります。

 まずカタカナ英語から脱出して、英語の発音をハッキリ聞き取れるようになるには、自分がまず、発音できないと聞き取れないのです。英語を英語のまま聞き取れるようになることを英語耳になるといいます。

 日本人の脳をカタカナ英語から「英語耳」にするには、脳からカタカナ発音を消して、英語の発音そのものを理解しなければなりません。そのためには英語の歌を使ってだいたい最初は300回くらい同じ曲を繰り返し聴きます。すると脳からカタカナ英語が消え去ります。だいたい300回くらいだそうです。自分もやってみました。そうすると英語の聞こえ方がかなり違ってきて、英語を英語の発音のまま理解出来るようになってきたと思います。それから英語が楽しくなってきました。

 英語と日本語の発音の違いをハッキリと理解しその解説をしてくれている「英語耳」の著者には頭が下がります。

 英語を学ぶことによって、世界が広がりますし、思考の過程も変わったきたように思います。自分もまだまだですが、世界が広がったように感じます。

 英語に興味がある方は「英語耳」から入られることをお勧め致します。

参考資料

松澤 喜好
英語耳ドリル 発音&リスニングは歌でマスター

松澤 喜好
英語耳 発音ができるとリスニングができる

また発音は、UDA式がさらに分かり易いです。英語耳とUDA式でネイティブな発音が確実に出来るようになります。



エドガー・ケイシーの健康法

空・飛行機

 エドガー・ケイシーのライフリーディングやフィジカルリーディングを研究して健康に役立てている福田高規さんという方がいらっしゃいます。エドガー・ケイシーは突出した預言者であったと思います。1901年~1944年までの間に医学的なフィジカルリーディングと人生の諸問題に対するライフリーディングを14256件しました。その資料がバージニア州のAREというところに残っています。そのリーディングを研究して健康に役立てている方が福田さんです。福田さんはヒマシ油を中心とした治療を紹介して下さっています。

 奥が深い大切なリーディングばかりですので、少しずつ紹介してゆけたらと思います。

 今回は皮膚に関することを取り上げてみたいと思います。

 「皮膚の手入れにはいくつかのコツがあります。基本的な想い、排泄、食事、脊柱の調整が元にあってその上でのコツです。オリーブ油で作った純粋の石鹸を使って清潔にし、その後オイルマッサージをして、ペタペタとよく叩くこと。ハーブティーで胃壁、腸壁の保護をし、よく排泄を促すアルカリ性の食事をとります。アーモンドを毎日一、二個食べることを勧めます。紫光線の照射も皮膚を新鮮にします。汗をよく出す皮膚からの排泄も大切です。しかしそのどれよりも、腸をきれいにしておくことが最高のお肌の手入れです。」

 「乾癬・・・腸からの排泄が滞り、粘液を分泌し続けて、腸の壁が弱く、薄くなって、毒素が血液に吸収され、皮膚から排泄されている状態です。腸の壁を強くするのが目的の一人ひとり違った治療が指示されています。」

 「皮膚炎(アレルギーを含む)・・・腸からの排泄不良、食事の不適当が指摘されています。緩下作用のあるアルカリ性の薄味にした食事をとります。脊椎の七番、八番、頚椎の調整をすると良いようです。」

 「湿疹・・・情緒不安定、酸性過剰、脊柱の整列不良により、腸からの毒素の再吸収、内分泌の異常などが原因です。想いを変え、排泄、食事、脊柱の調整が基本的治療法になります。特にビールと炭酸飲料を禁止し、ハーブ茶を勧めます。紅花茶、マリン茶などです。マリンの葉のシップも指示されています。」

共通しているのは「腸の浄化」です。皮膚と腸は密接な関係があるのが良く分かりました。


マザー・テレサの言葉 2

マザーテレサ

 私が、本物の信仰者だと思って尊敬しているマザー・テレサの言葉で、素敵だなと感じている言葉をご紹介致します。

 「自分たちのしていることは、大海の一滴(しずく)にすぎないと思っています。けれども、もしその一滴がなかったら、大海もその一滴のぶんだけ少なくなってしまうでしょう。ものごとを大規模にやるという方法に、わたしは不賛成です。わたしたちにとって大切なのは、ひとりひとりです。ひとりの人を愛するようになるには、その人と本当に親しい間柄にならなければなりません。数がそろうまでと待っていたら、数の中にその道を見失ってしまい、もうそのひとりの人のための愛と尊敬を表すことは、決して出来ないでしょう。私は一対一というやり方を信じています。どのひとりもわたしにとってはキリストで、イエスはひとりだけですから、今という時に接しているそのひとりが、私にとっては世界でただひとりしかいない人なのです。」

 私も一人ひとりが大事だと思っています。

 目の前にいる人を大事に出来ないで、国も人類もないでしょう。目の前にいる人を大切に出来るときっと世界が変わると思っています。というか、確信しています。

ヤジロウという人

ミント

 日本にはヤジロウという人がいました。戦国時代の人で歴史の表舞台には出てこない人です。

 このヤジロウという人は戦国時代、東南アジア全域を支配していた日本人なのです。学校の歴史では「倭寇」で習った人もいると思いますがヤジロウという名前は出てきません。倭寇は盗賊でアジア各国に被害を及ぼしたと習っていると思いますが、どうもそうではないようですし、もっと奥が深い話のようです。

 ヤジロウは天皇陛下とも繋がりをもっていたようです。また各大名とも繋がっていたようです。そして東南アジアの各地に日本人町を作り、一大勢力を保っていました。

 とても優秀なエネルギッシュな人で、流暢なポルトガル語も話したようです。

 フランシスコ・ザビエルはこのヤジロウと会い、こんな優秀な人間がいる国はどのような国か見てみたいというところから、急遽東インド会社を放っておいてでも日本に来たくなったと聞きます。ヤジロウが仲介に入り、天皇陛下や戦国大名ともすぐに繋がってゆけたのです。

 しかし、そんなすごい人ではありましたが、何故か表舞台には出てきません。不思議だと思っています。
 原日本人の一人で、ものすごいパワーの持ち主だったと考えています。もともと日本人はヤジロウのようなすごい一面を持ち合わせていると思っています。

 ムー大陸の直系、ユダヤの直系、そして中国系(弥生)・韓国系の流れ。

 日本は間違いなく、単民族国家ではないようです。

 今、ヤジロウとともに最近気になっているのは、「エミシ」と呼ばれた人々です。とても優秀な民族で大和民族に最後まで戦いを挑みましたが、最終的には坂上田村麻呂が滅ぼし、大将と副将を捕らえて都につれてゆきました。田村麻呂はとても優秀だった二人をなんとか生かしてあげたかったようです。しかし、京の都で天皇陛下の命令で殺されてしまいました。

 エミシに心惹かれるのは、血の中にエミシの血が入っているのか、魂が感じるところがあるのか、どちらかのような気がしています。エミシに関してはもう少し研究してみます。



ケネディーという人

雨上がり

 私はケネディーが大好きです。あのような魅力がある指導者はなかなかいません。女性問題については問題有りですが、そこは目を瞑ります。

 「沈黙の春」を書いたレイチェル・カーソン女史の本を、人類の未来にとって農薬問題は取り組まなければならない緊急かつ重大問題だと直感したのはケネディーでした。ケネディーがいなかったら、「沈黙の春」はこの世から葬り去られていたことでしょう。ケネディーがいなければ環境問題も随分たち遅れてしまったと思います。

 公民権運動の中心者だったマーチンルーサーキングJrはちょうどケネディーが大統領の頃に活躍していました。何かのシンクロだったような気が致します。魂と魂の繋がりというものでしょうか。

 キューバ危機もケネディーの時でした。ソ連のフルシチョフと核戦争もあと一歩のところまでいきましたが、無事に回避できました。ちょっとの間違いで、世界は滅んでいたかもしれません。

 ベトナム戦争から早く撤退したかったようです。しかし、共和党と深く結びついている軍事産業の勢力が反対し、なかなか終結出来ませんでした。ずるずると泥沼にはまってしまいました。

 ケネディーが暗殺されて、だんだんとアメリカは黄金時代から暗黒の主義主張の時代に入ります。ベトナム戦争から還ってきた兵士たちがアメリカに麻薬を広めた原因でした。裕福な時代に育ったアメリカ人は精神的に弱くなってしまい、ベトナム戦争では恐怖から逃れるために、麻薬とコカコーラを使用しました。コカコーラの「コカ」はコカインのコカだそうです。
 ウーマンリブも行き過ぎだったように思います。

 日本にも、理想を高く掲げて、実践実行をどんどんとしてゆく政治家が現れるといいなと思っています。それには私達国民もレベルをあげてゆかなければいけなと思います。きっと政治家は国民の鏡なのでしょうから、国民相応の政治家しか現れないのでしょう。

 まずは、国民の一員として、国のことを考え、子供たちの未来の幸せを考え、生きてゆきたいと思う今日この頃なのです。国が良くならなければ、医療も健康もなりたってゆかないと思うのです。

 世の中、全と個の関係で成り立っていると思います。全が不健康であれば、個もだんだんと不健康になります。逆に個が不健康ならば、その個が集まっている全も不健康になります。そんな簡単な理屈も最近理解出来なくなってきている私だったような気がしています。

 全である国がよくなるように、個である自分も頑張ります。

スローライフになるのかなぁ?

バラ

 いつも仕事場には自転車で通っていました。だいたい自転車で16分くらいかかっていました。でもその自転車がパンクしてしまいました。きっと自分の体重に悲鳴をあげたんだと思います。自転車さん本当にごめんなさい。

 そこで、しばらく歩いて仕事場に通うことに致しました。今日、歩いて初出勤致しました。歩いたら35分かかりました。往復で70分歩きました。

 英語の勉強もさぼりぎみでしたので、ウォークマンスティックに録音してある英語のスピーチを聞きながら、歩くことに致しました。今日はマーチンルーサーキングJrのI have a dreamの有名な演説を二回聞けました。魂の叫びですね。長い間、黒人が受けたきた人種差別から生まれた言葉です。何度も聞いていますが、何回聞いても感動致します。


 先日の血液検査では、肝臓の全ての数値が高いので多少、脂肪肝ではないかと医師にいわれました。そういうこともあり、歩くことにしたのです。

 帰りは雨が降っているし回りは暗いので、ただ歩くという感じでしたが、行きはいろいろなところを眺めながら歩けました。

 心地よい疲れに、体を動かすことって大事なのだなと改めて感じました。

 歩きながら、ゆっくり景色を眺めながら行ったことなど最近ないなぁと思いました。どの家も庭先に綺麗な花を沢山植えています。こんなところにこんなものがあったのかと新しい発見の連続でした。楽しかったです。

 目の前をとおりすぎる情報は溢れ返っています。そんな中で、何か大事なことを忘れがちな気がしました。美しいものをゆっくりと見つめる時間もなくなってしまっていることに気づきました。

 美しい世界が身の回りに沢山あるのに、それを受けとめるのは自分の心なのだなと思いました。

 ゆっくりと生きてみたいと心から思いました。

ステロイド薬の功罪

表紙

 自分もステロイドを少し使っていたのですが、一時的には劇的な変化がある薬です。しかし副作用も多く、最近はステロイド使用を疑問視する人が多いのが現状です。私もこの薬は危険だと思い、だいぶ前に使用することをやめました。

 ステロイドは対症療法です。発疹症状を消すことのみを目的とした療法で、アトピー体質を改善することを目的としたものではありません。だから、表面上の発疹が消えても、ステロイド薬が切れると、また発疹が現れます。しかし、、これを繰り返し、ステロイド薬を使用し続けると、発疹が増え、ステロイド薬も増えていくことになります。

 「ステロイド外用薬は皮膚組織に沈着して、炎症を起こす酸化コレステロールに変性する」と安保医師はおっしゃっています。
 酸化物質は、組織を交感神経緊張の状態にして、血の流れを悪くし、顕粒球を増加させます。顕琉球は組織に浸透し、びっしりと隙間のない炎症を引き起こします。これが、単なるアトピー性皮膚炎から、酸化コレステロール皮膚炎へと移ったということなのだそうです。すると炎症サイトカインがストレスによって多量に放出されることになり、これがさらに激しい炎症を引き起こすという悪循環を招きます。

 ステロイド薬は、一時的に症状を和らげるのには非常に有効です。あまりにもアトピーが酷くて眠れないという方に一時的な対処としては大事だと思いますが、アトピー体質を変えていくことをしていかないと悪循環に陥り、取り返しがつかない事態を招きます。

 自分の体験からも、ステロイド薬には充分気を付けて使用することをお勧め致します。


祈り

空・秋

 八年くらい前、東京新聞に興味深い記事が載っていました。

 アメリカで、病人に対して病気が良くなるように祈ってくれる人がいる人といない人の病状の違いを調べたそうです。そうしましたら、祈ってくれる人がいる人の方が断然早く快方に向かう結果が出たそうです。また快癒する率も高かったそうです。

 どのような調査をしたのかは定かではないのですが新聞に出ていたので内容は間違いないと思います。

 「祈り」や「念」って目に見えないけど私たちの生活に強く影響しているんだなぁと強く思いました。病気に対してだけではなくて、色々なことに関係してくると思います。

 それからは祈ることを日々積み重ねていきたいなぁと思い、病気だけではなく、困っている方や苦しんでいる方に対して祈らせてもらおうと思ったのでした。

 しばらくは、ただ苦しみが楽になるようにそんな祈りを簡単にしていたのですが、そのうちそれでは違うのではないかなぁと思うようになりました。つまり苦しみ悩みの本当の原因が分からないと、ただ「良くなれ」と上から見ている自分に気付きました。本当の祈りってそうじゃないだろうと…。

 祈る相手の方が苦しみを乗り越えて本来の姿に戻り、苦しみ悩みが何故起こるのかをつかみ、気付き、そして人格が向上して悩み苦しみを感じなくなり、その乗り越えた経験がその人だけのものではなく回りの方のお役にたつように、そんな祈り方をするようになりました。また、自分もそうなりたいと思いました。

 病気や苦しみは自然の摂理に反したから元に戻るように、力が働くように思うようになりました。ですから、ただ「良くして下さい」ではちょっと違うと感じました。

 また祈っているなかで人様の事を祈るには、自分の心が汚れていてはダメだと思いました。何故なら汚れた状態で祈ったら汚れた波動が相手にいくと思ったからです。何故かそう感じました。

 ですから祈るときはなるべく自分の心を綺麗にするように心がけました。

 祈ることによって、いろいろな現象がありましたが、結局は人のことを祈らせて頂ける自分が一番幸せであることに気が付きました。そして目にすることを自分のこととして以前より考えられるようになったと思います。でも、考え方の深さや愛情の深さは、まだまだな自分に気づいたのでした。


明智光秀は生き延びていた?

夕焼け空

 veronica-slさんのブログを見て、アカシックレコードという言葉を知りました。宇宙には過去の歴史を記憶しているレコードのようなものがあるそうです。そのレコードを見れたら嬉しいのですが、残念ながら私には見れません。しかし、不思議に感じ取れたり、疑問に思っていることに対して答えを教えてもらえたりということはあります。

 安土城や織田信長のことを書きましたが、安土城には、信長の部下である有名武将を安土城の城郭の中に住まわせていました。安土城跡には、天主に登るための大手道という大きな道があります。その道の両脇に伝秀吉邸、伝前田利家邸、伝徳川家康邸、伝森蘭丸邸等がありました。「伝」という文字がついているのは総見寺というお寺の資料としては地図が残されていますが、学術的な正確な証拠がないからだそうです。でも、有名武将が安土城に家を持ち、そこに住んでいたことは事実です。信長は、その当時の武士と土地との繋がりを全部断ち切り、信長が全部支配したかったようで、武将は安土城に家を与えられ、そこを拠点にして、それぞれの国の配置換えを容易に出来るようにしたようです。江戸時代の参勤交代の基礎的なシステムをすでに作り上げていたのです。しかも国替えを頻繁に行なう意向だったようです。武将の能力や功績によって国替えを頻繁にしていこうとしていたようです。

 私が、安土城に行って感じたことは、信長の奇想天外な改革についていけなかった武将もかなりいたのではないかと感じました。明智光秀は結局信長とは合わなくなりましたが、光秀だけではないだろうなと思ったのです。特に家康もきっと色々な意味で危機感を持っていたのではないかと思いました。

 明智光秀と家康は手を組んだのではないかと思うのです。伝家康邸前でいろいろ感じたのでした。

 そんなことを感じていた後、不思議と光秀と家康の関係が書いてある本に数冊出会いました。

 それらの本を読むなかで、光秀は本能寺の変の後、秀吉に本当に討ち取られていたか疑問な点が多々出てきました。また本能寺の変は、光秀だけではなく、どうも家康の部隊も加わっていたようです。光秀は高野山の近くでつかまって殺されたとされていますが、光秀の首を正式に確認は出来ていません。どうも高野山にかくまわれていたようです。しかも、その後しばらく姿を隠していましたが、家康が天下をとったあと突如として、天海上人として表舞台に出てきたようです。

 また、明智光秀が書いた文字と天海上人が書いた文字を比べた写真を見たことがあります。全く同じ文字でした。

 天海上人もその出生が謎の人でした。結局、徳川家に仕え、家康、秀忠、家光の三代の将軍に仕えた人で、川越の喜多院というお寺の住職でした。この天海上人が江戸時代初期に、様々な点で方向性を決めた人なのです。

 天海上人と明智光秀が同じとする諸説には、

①天海上人は山王一実神道により家康を「東照大権現」として日光に祭ることを決めさせことで有名。そして東照宮には何故か、明智の家紋である「桔梗紋」がいたるところに刻んであります。また日光には「明智平」という土地があり、その土地の命名は天海上人であると言われている。

②家光の乳母である春日局は、明智家の重臣の娘でありましたが、春日局は天海上人に異常なほどの敬意を払っていた。

③二代将軍の「秀忠」、三代将軍の「家光」の名前は、光秀からそれぞれ一文字ずつとったと言われている。

④比叡山に明智光秀寄進という灯篭がありますが、その日付が西暦に治すと1615年である。

⑤京都亀岡の慈眼寺に明智光秀の位牌が祀られている。一方、天海上人は慈眼大師といわれていた。

 等など、色々なことが明智光秀と天海上人を結びつけるものがあります。

 自分の感覚と、それにシンクロして様々な資料とが繋がり、明智光秀は秀吉に殺されていなかったと自分なりに結論が出たのでした。でも、この記事は自分なりの感覚から始まっているものもありますから、正式な論拠といわても困りますので、一つの仮説としてご理解下さい。

 アカシックレコードが存在するのならば、自分の中の遺伝子とも強く共鳴するのではないかと思うのです。そして内面から真実の追究に向かうエネルギーが湧き上がってきます。自分のルーツや日本の歴史、そして世界の歴史等、ほとばしるほどの力が内面から湧きあがってきます。

 皆さんは、そういうことってないですか?自分だけなのかなぁ・・・。