(59)たくさんの努力
水族館はとても楽しかった。
12月に入ってからは仕事も忙しくて、なかなか二人で出掛けられることもなかったから、貴重なデートだったと思う。
水族館からの帰りの車内で、相葉さんは少しだけ、元カノさんのことを話してくれた。
私が元カノさんに似てるというのは本当だということ。
初めて会った時からそう思っていて、そんなつもりなかったけどって前置きしながらも、最初は重ね合わせて見てたから、ごめん、と言われた。
やっぱりそうだったんだ。
ショックと言えばそうだけど、ずっと心に重くかかっていたから、当の相葉さんの口から聞けて良かったと思った。
`翔ちゃんにそのことをとがめられてからは距離を置こうとしたら、波奈ちゃんの方からも後輩として距離を置かれるようになって、それでやっと自分の気持ちに気づいたんだよ' 、と言われた。
『もうね、さみしくて。やっぱり僕は波奈ちゃんが好きなんだって、そう思ったの』
そう言ってにっこり笑って私に視線を投げた相葉さんは、もう前を向いて運転してるから横顔しか見えないけど、本当のことを話し終えて、肩の荷が下りたみたいにすっきりした顔をしていた。
「はい」
なんて言っていいかわからなくて、ありがとうございますなんて変かもしれないと思ってその時は言わなかったけど、家に帰ってからちゃんと話してくれてありがとうございましたって言えば良かったと後悔したくらい、きちんと話してくれたことを嬉しく思った。
あいかわらず忙しいけど、時間がないなりに一緒に過ごす時間を作ってくれた。
会社にいるあいだはいろいろと無理だし寂しくなるほどそっけないのは変わらないけど、なるべく帰る時間を揃えて一緒に帰ってくれたり、大野さんのお店で一緒にご飯食べたり、時間の許す限り家まで送ってくれたりした。
優しくされて、大事にされて。
いつも微笑んでくれて、髪を撫でてくれて、私を見ると嬉しそうに笑う。
だから、相葉さんと一緒にいられる幸せで満タンになって、心は満たされ幸福で胸がいっぱいになる。
でもふとした瞬間、この幸せはいつまで続くの? と霧のような不安が胸に広がることが、まだ、時々あった。
この幸せの発端は何処にある?
満開の桜の中で笑うあの人と私はどう違う?
あの時、潤くんにきちんと言えなかった私を胸に抱えて、どうしたら信じてもらえるかなぁとつぶやくように言った相葉さんに嘘はない。
それでもかすかな不安が胸にしつこくつきまとって、相葉さんの口からきちんと聞かされて、こんなに大事にされてるのに、いつまでも吹っ切れない自分を申し訳ないと思った。
自分でもどうにもできないもどかしさに、ため息がでた。
会社帰りくらいしかデートできないけれど、別に二人きりになる機会がまったくない訳じゃなかった。
休みの日なら、昼間は仕事があっても夜は会えるし、相葉さんの家に行くこともある。
でも、あの日以来、なんとなくそういう雰囲気になることを避けている。
相葉さんもきっとそう。
どちらも、あの時みたいになるのが怖くて、そうならないように用心している。
このままで良いわけがない。
私が、もう大丈夫って思えるようになる時を、ただ待っていたって自然に巡ってくることはないし、おそらく相葉さんの方から言い出すこともない。
後先考えなければ今すぐ飛び込みたい。
`どこにも行かないでよ' と、眠りに落ちる寸前に聞こえた低くつぶやく声を思い出した。
こんなにもあの人が気になる私は絶対間違ってると思う。
いつしか、相葉さんが根気よく繰り返してくれる私に気持ちを伝えるたくさんの努力のおかげで、本当に思われてるんだと感じられるようになってきた。
そんな時期、世間はクリスマスの色で染まっていった。
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