(48)好きだ
少し歩くとすぐについてしまうマンション。
残念だけど、浮かれた気分もここまで。
楽しければ楽しいほど、自分が辛くなるからこのくらいでバイバイするのがちょうどいい、また明日からがんばろう、と心の中でつぶやいた。
まだ一緒にいたくて、相葉さん帰らないで、と思ってしまう気持ちは無視する。
「あそこの6階なんです」
『そっか。…街灯はちゃんとあるから安心だね。いつもちょっと気になってたんだ。いつも改札までだったから心配してた』
「ありがとうございます。でもホントに大丈夫ですよ」
『波奈ちゃんになにかあったら僕が嫌だから、これからも送らせてよ』
これからも。
もう駄目。これ以上そんなことを言われていたら、ほんとにすがりついて気持ちを伝えてしまう。
行かなきゃ。
「今日は本当にありがとうございました。何から何までお世話になりました。おやすみなさい」とひと息に言って頭を下げ、顔を上げた。
相葉さんは何も言わず、私を見た。
ただ黙って怖いくらいに私を見つめるから、私も声が出せなくなった。
どのくらい黙ったまま見つめ合っていただろう。
時間にしたらほんの数秒だったと思う。
このまま相葉さんが何も言ってくれなかったら私は、すがりつくか逃げ出すか、どちらかを選ばなくてはならない。
二択の極限を迫られて、どうすべきか決められないまま何か言わなくてはと口を開いたとき。
『好き』
え。
何言った?
咄嗟に反応できずに固まった。
相葉さんは震える息を肺から大きく吐きだすと、真剣な顔でこちらを見て、もう一度言った。
『波奈ちゃんが好きだ』
夢じゃなくて現実だ。
恐れていた事が起きたと思った。
相葉さんにカノジョになってと言われたら断れないだろうと思ってた。
そんな怖い未来が来るのを恐れて、そんなのありえないと考えないようにしてたのに、今。
前からずっと考えていたはずなのに、うろたえて言葉が出ない。
千秋先輩の言葉が頭に響いた。
`相葉くんはきっとまだ、忘れてないわよ'
`あの子に似てるあなたにあそこまでご執心なのが何よりの証拠'
`やっぱり前の彼女のことが忘れられないって友達に戻ったの'
ぐるぐる考えて何も言えなくなった私を見て、言った。
『あの、波奈ちゃんが僕のことをそんな風に見れないって言うなら、…仕方ない、っていうか、このままただの先輩、になる、から今言ったことは忘れて』
`やっぱり前の彼女のことが忘れられないって友達に…'
千秋先輩の言ったとおりだ。
ダメなら元に戻ればいいって思ってる。
やっとの思いでただの後輩でいようと気を張りつめていたのに、あっさりとその垣根を越えてきて、なのにダメならただの先輩になるなんて、そんな都合のいい。
私にはそんな器用なこと、出来やしない。
でも、好き。
相葉さんが好き。
「お試し…ですか」
『え?』
ほとんど聞こえないくらい低い声で言った私の問いは、聞こえなかったのか理解できなかったのか、不思議そうに聞き返してきた。
「元カノさんを忘れるために、似てる私に、そう言うんですね?」
『え…』
今度の質問は聞こえたようだった。
まさかそんなことを言われると思ってなかったようで、怪しむような声を漏らした相葉さんは、心底意外そうに聞いた。
『なんで知って、るの?』
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