(47)肩
博覧会は最新の技術がずらりと並んでいて、広くて圧倒された。
休日だけあってたくさんの人が来ていて、人気のあるブースはいつも混雑していた。
広い会場の全部を見るのは無理だから、事前に相葉さんが見るところを絞ってくれてあって、なるべく効率よくたくさん回ることができて勉強になった。
私も気になってチェックしてあったところがいくつか相葉さんのチョイスと被っていて褒めてもらったけどまだまだだ。
興味深い企業も技術もたくさんあって、仕事に関係ありそうなことを担当者に確認しておいてから、あとで相葉さんに報告したら感謝された。
『ごめん。それ確認しとくの忘れてた。ありがとうさすが波奈ちゃん、助かったよ』
「ふふっ、お役に立てて光栄です」
嬉しい。ちゃんと仕事で相葉さんの役に立てた。
この調子で仕事がんばろう、と単純な私は思う。
だけど。
『波奈ちゃんがパートナーでいてくれて良かったよ。これからもよろしくね』
パートナー。
こうして言われると本当に嬉しくて、つらくなる。
楽しく過ごせるとずっとこのままでいいと思うくらい嬉しい。
パートナーと言われるとそれだけじゃ嫌だと贅沢になる。
元カノさんのことを思うとせつなくてやっぱり諦めようと思う。
相葉さんの笑顔や素敵なところを見るとこの人を好きになって良かったと思う。
いろんなことを考えて頭のなかはごちゃごちゃだ。
午後を過ぎると会場はとても混雑してきて、ときどきはぐれそうになった。
相葉さんはさり気なく私の肩を抱いて、人混みを過ぎるとすぐに手を離した。
何度も何度も誰かと肩がぶつかったりするたびに相葉さんの大きな手が私を引き寄せては、人波を過ぎると離れていった。
その度にひどく緊張して、手が離れると残念に思った。
こんなこと考えてたらダメなのに、仕事で誘ってくれただけなのに、人の波にのまれるたびに、肩に相葉さんの手を待った。
期待しないで後輩に徹しようと思っているのに、もっと触れて欲しいと思って泣きたくなる。
帰りに夕飯に誘われた。
でも断った。
これ以上一緒にいて優しくされたら、好きと期待が溢れて、思い余って気持ちを伝えてしまいかねない。
それだけはやっちゃいけない。
「すみません。今日は…あまり、遅くなれませんので」
『そっか。遠いもんね、じゃあ、また今度ね』
今度。
望くんや櫻井さんや、他のひとも一緒にいるなら、大丈夫かも知れない。
二人きりでなければ気持ちが暴走するのも抑えることができる。
でも、もう次に誘われたら、二人でというのはほんとに止めなきゃ。
でないと気持ちを抑えて期待しないで普通に振る舞うなんて、もう無理だ。
今日いちにち、嬉しくて舞い上がって、でもつらくて、歩き回った身体もそうだけどとにかく気持ちはくたくただった。
こんなに相葉さんに優しくしてもらっていたら、どんなに自分に分をわきまえるように言い聞かせても抑えても、無理だよ。
今日はたくさん笑ったはずなのに、電車のなかではほとんど会話をしなかった。
疲れているからだけじゃなかった。
何を話そうか頭のなかはぐるぐる回るけど、どの話題も本当に話したいことではないから何を言って雑談を切りだしたらいいかすらわからない。
今日はありがとう。
いえこちらこそありがとうございました。
休みの日なのに付き合ってもらって悪かったね。
とんでもないです誘っていただいてありがとうございました。
疲れたでしょう今日はゆっくり休んでね。
はいありがとうございます。
そんなことばかりをぽつ、ぽつ、と話すだけ。
隣にいる相葉さんが好きで、嬉しくて、後輩なんだからとか仕事仲間だってこと忘れないでとか、どれだけ考えても、私が好きなのは隣にいるこの人で、でもその人の好きな人は私じゃなくて。
ため息はつきそうになるけど、そのたびに相葉さんには聞こえないよう気をつけてゆっくり息を吐いた。
『今日はすっかり遅くなってしまったね。…良かったら、家まで送るよ。もう遅いし暗いから』
「ありがとうございます」
そんな嬉しいことを言われれば、せっかく決心しても、後輩としてだからと自分に言い訳してすぐに受けれ入れてしまう。
情けない私。
「ご迷惑でなければ、よろしくお願いします」
『こんな遅くなるまで付き合わせちゃってごめんね。先輩だから断りにくかったよね、ごめん』
「違います、そんなことないです」
先輩だから断らないんじゃない。
好きだから、断れないんです。
傍にいられるだけでいいんです。
私の使う駅に着いて二人で降りた。
駅の中を風が吹き抜けて寒い。
一緒にこの改札を出るのは初めてだ。
いつか、相葉さんとここを通れたらいいななんて考えてた、入社したての頃を思い出して気持ちが沈んだ。
『どっち?』
「こっちです。このまま信号を渡ったらずっと真っすぐ行って、コンビニの横を通るとすぐなんです」
全然、送ってもらうほどの距離じゃない。近すぎて、それなのに送ってくれるというのを断らなかったから、なんだかどれだけ私が相葉さんと一緒にいたかったかがバレバレで恥ずかしくなった。
『駅近なんだね』
「はい。だからほんとに全然大丈夫なんです。こんな近いのに来ていただいてすみません」
『そうは言っても、今日は僕が無理言って連れ出したから、いくら短い距離でも女の子を夜道ひとりで帰らせたら心配でしょ』
そんなに優しいの、後輩に対する態度じゃないと思う。
私に向けられるべきじゃない優しさなのにどうしても舞い上がってしまう自分が悲しかった。
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