(41)靴擦れ
背中の相葉さんの視線が消えたら、涙が溢れた。
駅の階段を急いで駆け下りて、電車の中でも必死で涙を我慢して、電車を降りたら家まで走った。
駅から近いんだからそんなことしたらすぐに家についてしまうのに、走らずにいられなかった。喉からしゃくりあげて声を我慢して涙が次々とこぼれた。道ゆくひとに泣き顔を見られたくなかった。
家の近くのコンビニを通り過ぎて、自分の家も通り過ぎて、少し先の通りの向こうの公園まで走り続けた。
ヒールで足が痛くなって走れなくなるまで走って、小さい頃によく来た公園まで久しぶりに来てしまったけれど、たどり着いてみれば園内は思っていたよりも暗くひとけもなく、急に怖くなって、やっぱり家に帰ることにした。
だって、せっかく相葉さんに送ってもらったのに、ここで何かあったら相葉さんが責任を感じるかも、とか。
こんなことまで相葉さんをからめて考える自分がいじましかった。
相葉さんはまだ元カノさんを思ってる。
私はたぶんそのひとの代わり。
だって、私のことを好きでいてくれているのなら、あんな寂しそうな顔で笑ったりしない。
なのにこんなに好き。
相葉さんのことをこんなに好きになってしまった。
歩きながら、また新しい涙が溢れた。
距離をとらなきゃ。
後輩として、パートナーとしての分を越えないように。
羽虫が飛び交う街灯の灯りさえまぶしくて涙をぬぐった。
私が期待さえしなければ、今日みたいに楽しく過ごしていけるはずだから。
だって相葉さんは私に優しいんだから。
そう考えると更に涙はこぼれた。
楽しかったはずの花火はやっぱり悲しい現実を私に突き付けた。
走り過ぎて靴擦れしてしまったヒールのかかとを、かぽ、かぽ、とひきずるようにして歩いて、家に帰った。
「しごと、がんばろ」
お風呂で沁みたかかとの傷にバンドエイドを貼りながら、覇気のこもらない決意をつぶやいてみたけど、ぼんやりとした自分の声は、そんなのできる気がしない、と言っているように聞こえた。
それからも仕事ではできるだけ普通を心がけた。
客観的に言えば、特になにをされたわけでもない。
顔に張り付いていた髪を一本、取ってくれただけだ。
それだけだ。
ある日、仕事が早く終われて、今日は帰りにちょっと本屋でも寄っていこうかなと考えて、駅に隣接したショッピングモールに新しく入ったTUKAYAに行った。
夕方だし、そこそこ混んでいた。
ここのTUKAYAはスタバが併設になってて雑誌の新刊も座って読める。買おうかどうしようか迷ったから、とりあえずショップでコーヒーを買って座って読んでいたら、「波奈」と声をかけられた。
潤くんだった。
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