(25)電車
電車はすごく揺れた。
いつもはこんなに揺れないのに、運転手さんが変わったのかな?
手すりを一生懸命握ったけど、相葉さんと同じ金属の棒を掴んでいて、手が当たらないように離れたところを持つから不自然な場所過ぎて変な力が入る。
隣に立つ相葉さんの身体に掴まりたくなるけど出来る訳ないし、なんとか身体がぶつからないように必死で立っていた。
途中、大きなカーブで車体が傾いてよろけそうになって、とっさに相葉さんにしっかりと身体を抱えられた…ドラマみたいに鮮やかだった。
『大丈夫? ごめんね、少しの間我慢して』
私の肩をきゅっと抱きながら言った。
相葉さんの体温を頬と肩と身体に感じて、相葉さんの匂いがする。もう、どきどきし過ぎてどうにかなりそう。
違うのに、抱きしめられているみたいで、泣きそうになる。
「あの、もう、大丈夫ですから…」
『でも混んでるから。嫌かもしれないけど、我慢しててね』
嫌なわけない。
でも違う我慢はしなきゃいけない。
嬉しくて、でも勘違いしちゃいけなくて、涙が出そうだから必死でまばたきして。
顔を見られたくないから、ひたすら俯いているしかなかった。
駅についた時にはほっとした。
でも、相葉さんとの隙間に生ぬるい風が入り込んだとき、一瞬縋りつきそうになって慌てた。
なにやってんだ私。
『大丈夫だった? けっこう混んでたね。いつもそうなの?』
「いえ。いつもはこんなに混まないです。すみません、ご迷惑かけて」
『いや、全然迷惑なんかじゃないよ。休みなのにつきあってもらったし、僕が送りたかったから。あんま役に立たなかったけどね』
「そんなことないです。ありがとうございました。すみませんでした」
『すみませんはいらないよ。じゃあまたね。気をつけて帰るんだよ』
改札で、いつもの優しい笑顔に見送られて帰る。
ずっと見ていてくれるから、何度も振り返って会釈した。
角を曲がるまで相葉さんに見送られ、背中は緊張で硬くなった。
相葉さんの利用するT…駅は逆方向なうえにけっこう遠い。
そんなにまでして送ってくれるなんて、もし他の女の人にもこんなことを普段からやってるなら相葉さんは相当の紳士だ。
もちろんいつも紳士なのだけど、こんな女性を勘違いさせかねないジェントルぶりを常日頃から発揮してたら、彼女さんは気が気じゃないんじゃないだろうか。
チクンと痛んだ自分の心臓に気づかないふりをしようとして、いろいろ分析的なことを考えてみる。
私は今、相葉さんにとって、何なんだろう。
帰り道、歩きながら自分の肩を抱いてみた。
まだ、相葉さんの体温が残ってるみたい。
混み合った車内で守られるように包まれていた時間は夢のようだった。
なんで、相葉さんは他に好きなひとがいるみたいなのに、こんなに私に優しくしてくれるんだろう。
ただの後輩なのに。
僕、そんなひと、いないよ。
歓送迎会の帰り道、泣きだしそうに寂しそうな顔をした相葉さんが忘れられない。
とても、とても寂しそうな顔は、あれ以来、一度も見たことはないけれど。
何度も勘違いしそうになっても、その度に自分の浮かれる気持ちを醒ましてくれるのは、あの時に見せた寂しそうな顔と声。
その顔と声は今も脳裏に焼き付いていて、だからわからない。
どうして私にこんなに優しくしてくれるの?
もう、女の子はいいかな。
相葉さんの顔を見るたびにふわりと気持ちが浮かび上がって、それを引き戻すのに必死で、でも期待して。
だけど本当の相葉さんは、あの寂しそうな顔を隠し持っていて。
優しくされるたびに心はくらくらと揺れた。
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