(14)社交辞令
相葉さんが困惑してる。
え…?
目の前の相葉さんは、言わない方が良かったみたいに次の言葉を探すような顔をしていて、自分がリップサービスをまともに受け取ってしまったことを知った。
「はなぁ、もう終わった? …あっすみません、まだお仕事中でしたか」
沈黙のまま顔を見合わせていた私と相葉さんに声をかけてきたのは、同期で一番話をするミキちゃん。
お仕事中失礼しました、と一礼をして出て行こうとするミキちゃんに、相葉さんはいつも通り優しく声をかけた。
『いいよ、もう終わりだから…僕もこれで失礼するよ、お疲れさま。また月曜にね、波奈ちゃん』
なんでもない声で。
いつも通りに。
それに潜むホッとしたような気配。
社交辞令を本気にした後輩のことにも気づかなかったみたいな顔して。
いつも通り笑って手を振って出て行った。
さっきの、なに? なんでもなかったの?
誘ってくれると思ったのは、私の早とちりだった。
職場を円滑にするためのリップサービスというやつ。それを真に受けてしまった自分が恥ずかしい。
「ごめんね波奈、邪魔しちゃって。相葉さんといい感じだったの?」
ミキちゃんが心配そうに謝ってくれるけど、全然。
ただの私の勘違いだったから。
「…ううん。全然、だいじょうぶだよ?」
そう。
私の思い込み。
わかってたくせに一瞬浮かれちゃって、恥ずかしい。
ミキちゃんには、相葉さんのことは話してあった。
いつもすごく優しくしてくれる、いい人だってことも、ただの後輩だとしても相葉さんがいてくれるからすごく仕事が頑張れるって話も、でも相葉さんには好きなひとがいるらしいことも。
でも、もしできたら、私の想いが通じたらいいなあ、なんて淡い期待をつい抱いちゃってることも。
でも、やっぱり相葉さんにとって私はただの後輩で仕事のパートナーだった。
「松んが波奈のこと呼んでこいって言うからさ。でももし相葉さんといい感じだったら声かけないで帰ろうと思ってたのよ。だけど私の位置から相葉さんが見えなくて、声かけちゃったの。ごめんね波奈」
ミキちゃんはすまなさそうにして、両手を拝むように合わせて謝ってくれる。
まつんは同期の松本潤くんの略でミキちゃんはそう呼んでる。
でも全然、ミキちゃんのせいじゃないよ。
そもそも、そんな場面じゃなかったから。
「いいよ全然。気にしないで。…行こっか」
そう。全然大丈夫。
気遣ってくれてありがとねミキちゃん。
「カラオケの予約は小瀧がやってくれてね、波奈が忙しいのになんでお前はカラオケ来れるのよ? て言ったら、俺は別資料にかかってたし相葉先輩に来た仕事やったから、てさ」
「そう…」
「どしたの波奈? なんかあった?」
「ううん、大丈夫よ。ミキちゃん、また今度話聞いてね」
「うん、もちろん」
「さ、行こうカラオケ。めいっぱい歌うぞー!」
さっき見せた相葉さんの、戸惑ったような困り顔を振り切るように、元気な声を出して右手でグーを作って前に突き出した。
また、月曜から頑張らなきゃ。
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