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表と裏

今日は、EMMECIでフタの貼りからセットを行いました。


最近の箱は、結構凝っているものが多く

貼り箱も外側だけでなく内側に気を使ったデザインが増えている気がします。

学ランの裏地に龍の刺繍という感覚とはちょっと違いますが

開けないと見えない部分も手間を惜しまないものが増えています。

この時に非常に気を使うのが、

内側(生地)と外側(包身)の方向です。

箱は基本的に長方形が多いので、

天地が逆でも問題なく貼れてしまいます。

そうすると、デザインの意図と逆のものになってしまいます。

その為、天地の指定がある生地を貼る際は

普段の倍以上に気を使って検品をします。



ノリ汚れ

今日は、写真立てのVカットとEMMECIでフタの貼りを行いました。


手貼りでも機械貼りでも貼り箱を作る際につきものなのは

「ノリ汚れ」です。

生地にノリを一面に塗った包身を貼り合わせるという製法なので

手貼りの場合、ベルトコンベアーや手についたノリがつくことが多く

機械貼りの場合、材料が動いていく際に機械についてしまったものを拾うことが多いです。

どちらにしても使っているノリはニカワなのでほとんどの場合水ぶきだけで落とすことが可能です。

サイビノールなどをノリとして使うこともあるのですが、

その場合、ベンジンなど汚れを落とすことになるので

表面を光沢加工していたりすると痛めてしまうこともあります。

条件が良ければ汚れが付かないということもあるので

ノリ汚れを取るという作業は、

ひと手間余分な作業という感じです。

ただ、仕上がりがまるっきり変わってしまうので

手が抜けない作業です。

機械貼りvs手貼り

今日は、写真立てのVカットとEMMECIで身フタ型の箱の貼りを行いました。

EMMECIでの作業をしているとつくづく思いますが見当が非常に良いです。
手貼りだとどうしても見当がずれることもありますし、
人それぞれの癖などが出てしまってなかなか均質にすることが難しいのですが、
EMMECIだと一度見当を決めてしまえばほとんどぶれることはありません。
当然、紙を扱っているので紙の厚みや硬さ、抜きの状態などのちょっとした差が
見当に微妙なズレを引き起こす要因になったりするのですが、
センサーと設計がしっかりしているためか許容範囲が広くて大きなブレはよほどのことがなければ
起こしません。
スピードが速くて、品質は一定し、人も少なくて済むので単価も抑えられると機械貼りのメリットは大きいです。
大きさと形状に制約があるのと、ある程度のロットが必要ですが、
条件を満たせば機械貼りのほうが有利です。
ただ、手貼りのほうも見当については機械貼りに一歩譲っても、さまざまな形、大きさ、ロットに柔軟に対応できる
スタッフがいるので、そういう意味ではユーシ・イレブン の大きな武器になっています。
EMMECIを導入して一年半が経過し結構ノウハウは蓄積されてきたので
手貼りと機械貼りの良いところを生かしあい
多くのお客様の要求にこたえていこうと思っています。

蔓工作

今日は、化粧品の箱のセットと

FMCで和菓子の箱の貼り、

写真立てのVカットを行いました。


最近、社長が凝っているのが

蔓と縄で編む籠や一輪挿しです。

蔓は山から採ってきたものなどを使うので

当然太さは均等ではなく縄を使って編むのも

文字通り一筋縄ではいかないのですが

その辺が社長の琴線に触れたのか

結構熱心に制作しています。

箱のデザインも手掛けているためか

結構それなりに様になっています。
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仏教ではこう考える


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昨日読み終わった本ですが
学研新書刊 釈 徹宗著
「仏教ではこう考える」
は面白かったです。
著者は浄土真宗の住職で
大学の准教授もしている人で
仏教に関して広い知識に基ずいて
平易に書いてくれています。
内容は、素朴で答えにくそうな質問にも
仏教者の立場と考えで簡潔に答えています。
なかでも後半の
人が死んだらどうなるか
についてはさまざまな考えを紹介して
どれも否定せず、
死んだらどうなるかわからない
と答えています。
ただそれでも、そこに至るまでの
考えがわかりやすくてしっくりきます。
それから、
著者自身、苦々しく思っているのか
霊感商法や墓相商売、
それとスピリチュアルなどと言われてる
霊能番組について心理学の話も出して
批判しています。
仮に何か神秘的な体験をしたとしても
それは特別なことではなく
ただ、そういうものと思うこと。
それには伝統宗教がしっかり守ってくれる
仕組みができているとのこと。
この項目の最後に
有名なイスラム歴史学者の言葉が紹介されていて
「ある程度伝統的な制度宗教に通じていないと、
民間・土俗宗教の毒を避けられない」
とのこと