kuromakuのブログ -34ページ目

kuromakuのブログ

毎日の足跡を、ここに残しています。

前回のつづき

仕事が停滞しているので、現実逃避でブログを書く・・・
そんな社会人としてもブロガーとしても失格の私です。

トルコの旅行記も、早いもので#25まできましたが、
実はまだ旅のスケジュールを半分も消化できていません!!
ていうか、このままだと#50を突破しそうな勢いです・・・

そんなスローペースなブログですが、今まで通りのゆるいペースで
記録を続けていきますので、気長にご覧いただける方だけでも
どうかもう少しお付き合いくださいませ。

今回は、恒例のホテル宿泊記録です。
トルコ現地ツアーで利用したカッパドキア パレス ホテル です。


表通り(といっても大した通りではない)から階段を少しだけ上った
小路に面しています。カッパドキアの市街地自体が小さいので、
バスターミナルやレストランのある集落からも歩いて数分、立地は
まずまずといったところです。


洞窟ホテルと聞いて、なんとなく教科書に載っていたような原始的な
住居をイメージしていたのですが、実際は普通に設備の整った建物
でした。


岩場をくりぬいた、このドーム1個分が1部屋になります。


室内は、こんな感じ。そこそこ広いです。


入口側を見ると、こんな感じ。
エキストラベッドがセッティングされていてます。
部屋には冷房はありませんが、9月下旬でも必要ないくらい
トルコの気候がさわやかだったので、全く気になりませんでした。


ベッドはいたって普通、リネンも清潔に整っていました。


テレビも完備していましたが、故障していたのか映りません。
まあ映ったところでどうせトルコの言葉なんてわかりませんから
フロントにも言いませんでしたけどね。

ちなみにソファの奥にある収納は、洞窟をくりぬいて作られたものです。
もともとあった岩を上手に使っているのは、昼に見てきた遺跡と同じですね。


洗面所とトイレはひと続きになっていますが、
そのかわり広いです。


バスルームも洞窟の中です。
洞窟の中だと湿気がこもらないか?なんて心配な造りですが
・・・まあ1泊くらいなら気にするようなこともないですかね。

ところで、ガイドの話によると、やはりカッパドキアでは
普通の近代的なホテルよりも洞窟ホテルの方が人気が高いらしく、
「夢は洞窟ホテルを建てて経営すること」とまで言っていました。

もちろん勝手に洞窟を掘るわけにはいかず、採掘権?みたいなものが
発生するようで、小ぶりのホテルでも建てるのに数千万円はかかるとの
ことでした。洞窟ホテルというロマンの裏には、それなりに苦労が隠れて
いるということなのでしょう。


ところで、このホテル。
いちおう食堂はあるのですが、夕食はやっていないとのことなので、
しかたなく疲れた体を押して市街地まで出かけることにしました。

カッパドキアの街へ
ホテルの近くには商店はありますが、レストランは多くはありません。
高台にあるレストランは眺めも良さそうですが、混んでいそうだったのと
もはやそこまで登る元気がありません・・・。

カッパドキアの夕食
そこで、市街地にあるレストランに入りました。

カッパドキアの夕食
雰囲気は良さそうだったのですが、思った以上にガラガラです。
ダイジョウブかな・・・?

カッパドキアの夕食
ピザを注文したら、微妙な感じ・・・。

カッパドキアの夕食
ですが、ケバブらしきものは美味しかったです。
やはりアレですね、イタリアンはイタリアで食べるのが美味いし
トルコではトルコ料理を食べるに限ります。

食事のレポートがおざなりなのは、このころには相当疲れがたまって
来ていたから(初日は機内泊、2日目は朝3時半起床)でもあるのですが、
これからさらに疲労が増すイベントが山積みになっていることなど、
この時点では知る由もありませんでした・・・。
(つづく)

前回のつづき

夏休みのトルコ観光記。
カッパドキア1日目の最後は、国立のカーペット工房を訪れました。

カーペット製造所

このトルコ絨毯の製作所は、トルコの文化を継承するために国が支援して
設立されたもので、見学者はカーペット製作の過程を直接見てその文化を
学ぶことができるようになっています。

カーペット製造所

カーペット製造所
まずは染色について簡単な説明がありました。絵の写真にある
染料のもとになる植物を煮出して、これで着色することで鮮やかな
カラーを作り上げるとのことです。

カーペット製造所 カーペット製造所
次が、蚕から絹糸を作る過程。このあたりは日本と変わらないはず。

カーペット製造所
こうして出来上がった糸を使い、実際に絨毯にしていきます。
絨毯は、張り巡らされている縦糸に、色付きの糸を図柄の通りに結び
余分をカットする、という手法で作られます。より細かい図柄の方が
カーペットの作成に手間がかかるため、一般にカーペットの価格は
大きさではなく図柄の精密さによって決まるとのことです。へえ~。

カーペット製造所 カーペット製造所

カーペット製造所 カーペット製造所
なので、この2枚のじゅうたんはサイズはほぼ変わりませんが、
下の方が図柄が細かいため値段が高くなるということのようです。

1ドットずつ縫ってこれだけの目の数を編上げていくのは相当な労力を
要するのだろうと思うのですが、ドットずつ作られているが故に、裏返しても
その美しい図柄を楽しむことができることが見て取れます。


さて・・・

広間に案内されると・・・
次に案内されたのは、この広い部屋。
ここで何が行われるかって?
そう、この手の施設は見学だけで終わるはずがありません。
ご想像の通り、この後は展示即売会があるのです。

補助金付きの施設ということもあって、街中の専門店で買うよりも
数割は安く入手できるよ!というのがウリのようです。もちろん
品質についても折り紙付き!!

カーペットだらけに
こうしてカーペットのショーが始まるのですが・・・


カーペット製造所 カーペット製造所

カーペット製造所 カーペット製造所
やっぱりね、本場のトルコじゅうたんだけあって、どれも美しい。欲しくなる。
カメラでどこまで伝えられるか?という問題はありますが、本物のカーペットは
見る向きや角度によって色合いが違って見えるのですね(上の2組の写真は
同じカーペットをそれぞれ別の向きから撮影したもの)。この色合いの変化も
また、美しい。

中でも特に気に入ったのは、シルクもの。これは手触りが全然違う。
なんていうか、ゴロゴロ、すりすりしたくなる感触・・・。
ただし、やっぱり、値段も全然違うのです・・・。
本格的に部屋に敷こうと思うと、数十万円単位でお金がかかります。
ヨメの方をちらっと見たら、間髪入れずにNo!とのお返事が。
そりゃそうだよな・・・(うちにはイヌもいるし・・・)。

うー・・・やっぱりシルクのじゅうたんいいな・・・。
オレもアラブの大金持ちになりたかったな・・・。


シルクの部屋

見たいカーペットがあれば自由に見てていいよ、というので
シルクのカーペットばかり集めた部屋に行ってみました。

シルクの部屋 

もはや芸術品

これ全部カーペットですって。
もはや絵ですよ。芸術ですよ。

もちろん値段は・・・聞かなかった・・・。


見学が終わった帰り道、ガイドさんが
絶対損はしないから、買っとけって!なっ!
てな感じで延々と営業してきたのを、心の中で
そりゃこっちだって欲しいけど、ていうか俺の収入じゃ無理!
と明確に拒絶しつつ、こうして1日目の観光は終了となりました。

前回のつづき

夏休みのトルコ旅行記、ただ今カッパドキア1日目。
昼食の後はカイマクルの地下都市に向かいます。

カイマクル地下都市
ここが地下都市の入り口です。
ここから地下8階まで、地下に洞窟を掘り進めるようにして作られた
都市があるというのだから驚きです。

さて、実際に入ってみます。

カイマクル地下都市
中に入ると、穴、空間、穴・・・と続いています。
明かりがあって、ガイドの案内があって、しかも順路も示されているので
なんとか進むことができますが、この地底都市に人が住んでいたころは
もちろん電気も通っていない頃ですから、よく迷わずに暮らしていたものだと
感心します。ですが、そんな話をガイドさんにしてみたところ、ガイドさんは
「ほぼ毎日のようにここを通っているので、もう電気がなくても
ちゃんと中を進めるよ~」

なんて言ってました。やっぱり慣れなんですかねえ・・・?

カイマクル地下都市
洞窟の内部にはいろいろな機能を持った空間があったとされています。
例えば、この部屋はおそらく教会で、アーチの中の空間で牧師が
話をしていたのではないかと考えられています。

カイマクル地下都市
部屋はあちこち穴だらけです。
岩が柔らかいことから、家具を運びこまずにあたりの岩を適当な形に
くりぬいて家具や物置の代わりを作っていたようです。

ちなみに地面に開いている穴には下のフロアとつながっているものも
あり、下階の住人と会話をするのに使われていたほか、侵入した外敵が
落ちるように、落とし穴として作られたものもあるとのことでした。

これは、自分の家の構造を忘れてしまうと自分も落とし穴にはまってしまう
可能性があったということで、この時代の人は家で生きていくのもまさに
命がけだったに違いありません。

カイマクル地下都市
外敵から身を守る仕組みはほかにもあります。例えばこれは
大きな石でできた扉です。緊急事態にはこの岩を転がして通路をふさぎ
外敵が侵入するまでの時間稼ぎにしたといわれています。で、立ち往生
している敵に向かって、小さな穴から槍で攻撃したり、熱い油をかけて
やけどさせたりして戦ったということです。

カイマクル地下都市
そもそもの通路からして狭く、天井も低く、移動には不向きです。
これも外敵が侵入しにくくするためのものとされています。

カイマクル地下都市
これは井戸なのですが、壁の部分に穴が開いているのは
いざというときにこの穴を使ってよじ登り、井戸から外に出られるように
しているから、とのことでした。

こうした特殊な構造で作られたのは、もともと地下都市自体が、当時
攻撃を受けていたキリスト教徒が逃げ込むために作られたためと
いわれています。地下なら光や音も漏れにくく、外部から発見されにく
かったのでしょう。

カイマクル地下都市
壁が黒くなっているこの部屋は台所といわれています。煙が外に出ると
外敵に発見されてしまうため、あえて換気を悪くしていたので、こもった煤が
付着して黒くなったといわれているようです。

カイマクル地下都市
この岩は、扉ではなく、台所にあったスパイス入れらしいです。

観光客が入れる(観光ルートとして整備されている)のは地下5階までですが、
本当は地下8階まであるほか、地下の通路で隣の都市ともつながっていた
とのことです。この作られた年代も定まっていない地下の一大都市には
何万人もの人が住んでいたともいわれています。

カンクンのチチェン・イッツァの時もそうでしたが、重機もコンピューターもない
時代に、こうして複雑な建造物や文化を作り上げることができる人間の想像力
というものは、実にスゴイ!と感心してしまいますね。


・・・こうして地下都市を1周して、地上に出てきました。

カイマクル地下都市

地下都市を後にすると、次はトルコ絨毯の製造所に行くのですが、
その話はまた次回に・・・。(つづく)