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kuromakuのブログ

毎日の足跡を、ここに残しています。

前回のつづき

冬の合間の天気の良い日にドライブがてら、
日本でも数少ないトンネル内にある駅の一つである
北陸本線の筒石駅を訪れてきました。
今回はその記録の続きです。


入場券を買い、さっそく中に入ります。


トンネルの入り口
改札を抜けると、いよいよ地下への長いトンネルに突入です。

風防で覆われている
ちなみにトンネル側から改札を見るとこんな感じ。
ビニールの波板が風防として設置されています。

長い階段を下ります
トンネルに入ると、さっそく階段が。
エスカレーターやエレベーターはもちろんありません。
バリアフリーの真逆を行くような構造の駅です。

地下水がすごい
トンネルの壁面からしみだしてくる地下水が
地中の深くを通っていることの証拠として見て取れます。

通路が左側に折れます
トンネルの行く手を阻む金網が!
話によるとこの長い階段の通路は、トンネル工事の際に工事用車両や機材、
土砂などの搬出に用いられた通路を転用して作られたものだとのことです。

ということでこの金網から先は線路につながっているのでしょうが、奥には
電気もついておらず、こんな頑丈な柵なんてなくても中へ入りたいなどとは
全く思いません・・・。

傾斜が伝わるでしょうか
こうして横から見ると、なかなかの傾斜をした
階段を下りてきたことがわかります。

ここからさらに100メートル
乗客用の通路はここから左に折れて続きます。

ここからはスロープ
ここからは、なだらかなスロープになっています。

下りホームへは階段を下ります
通路は途中で下りホーム、上りホーム用の2本に分かれています。
次の電車の時間を確認して、今回は下りホームに向かうことにしました。

また階段だ・・・
さらに階段を下ります。

下りホームの待合室
この階段の先に、下りホームの待合室があります。
椅子にはいくつかのリュックサックが置いてあり、
どうやら先客がいるのだろうということがわかりました。
青春18きっぷがつかえる時期でもなく、よくもまあここまで来たなと・・・
・・・ええ、まあ、自分も似たようなものですけど。

ホームとの間には頑丈な扉が
ホームとの境は重たい鉄の扉で仕切られています。
ここ北陸本線は特急列車が高速でトンネル内を通過していくため
列車が通り過ぎる時にはものすごい風圧がかかるのですね。

「列車通過時のホーム立入りは
大変危険ですので禁止致します
ご理解、ご協力をおねがいします」


たぶん、ホームに立ち入った人がいて
事故を起こしかけた可能性が高いものと推測。
鉄道オタクはマナーが悪いからね・・・。

さて扉を開いて、ホームの中に入ってみましょう。

下りホームから上りホームを見る
ホームは、このようにトンネルの壁にへばりつくように造られています。
決して幅も広くありません。確かに列車が通過するときにホームにいたら
危険ですね。

ちなみに線路の向こう側に見えるのが上りホーム。
上下線のホームをずらして作られているのは、少しでもトンネルの断面を
小さくして工費を安くするためのようです。

鉄道ファンの子たちが
カメラを構えた先客を発見しました。
やっぱり面白いですよね、こんな変わった駅なんて。

そうこうしているうちに、まもなく下り電車が参ります、とのアナウンスが・・・。

駅員さん
列車が到着するたびに、駅員さんがあの長い階段を下りてきて
安全確認を行っているようです。

下り列車が到着
そして、青一色に塗られた電車が到着しました。

数人が乗りこんでいった
乗り降りしたのは数人くらい。地元の人というよりは鉄道好きの人
ばかりのように見受けられました。やっぱり、車が普及した現代では、
地元の人が生活の足として利用するのは難しいのですかね。

こんな変わった筒石駅ですが、今年(2015年)3月の北陸新幹線開業と共に
風圧をかけて通過していく特急列車は廃止となり、駅は北陸本線ともども
第3セクターの新会社に引き継がれることになっています。どのような形態で
営業を続けるのかわかりませんが、今後も多くの人が訪れる駅であって
ほしいと思います。

ところで、私が買ったのは入場券なので電車に乗ることはできず
ホームから写真を撮っていたら、駅員さんに
「乗らないのかよっ!」
と、思いっきりツッコミを入れられてしまいました。・・・いや、すみません。
運行のジャマになってはいけないので、そそくさと退散することにしました。
(つづく)

1月のある日

所要があり車で埼玉の実家まで1往復しなければならなくなりました。
しかしドライバー1人で東阪間を、しかも1泊2日で往復するのは
結構な苦痛です。しかも東名高速はもう何度も走っていることもあり、
通りなれた、新鮮味に欠けるルートでもあります。

正直退屈なミッションだなあ・・・とかなりテンションが下がっていたのですが
なんと、移動日の数日前から冬型の気圧配置がおさまり、日本海側の
道から雪が消えたというではありませんか。これはチャンス!とばかり
普段あまり通ることのない冬の北陸道を経由し、ちょっとした観光を兼ねて、
神戸に戻ることにしました。

佐久平パーキングエリア
昼前に実家を出発、関越道から上信越道に抜けます。
佐久平パーキングエリアで最初の休憩。
1月中旬の長野といえば雪深いイメージだったのですが、
確かに車窓からは雪が見えるものの、車道はおろか
歩道上にも雪がほとんどありませんでした。
12月の豪雪がウソのように、年明けから雪は落ち着いたようです。

黒姫野尻湖パーキングエリア
さすがに黒姫あたりまで来ると雪がみられましたが、
それでも路面に雪はなく、チェーンの心配もいりませんでした。
その後もさしたる渋滞もなく快調に長野県内を通過し、新潟県へ。

名立谷浜インターを降りる
まず1つ目の立ち寄りポイント、筒石駅に向かうべく
名立谷浜インターを降りました。

今回向かった筒石駅は、トンネルの中にあるちょっと変わった駅で、
鉄道マニアの間ではかなり有名です。自分も以前から、北陸を車で
通ることがあれば、一度立ち寄ってみたいと思っていたのでした。

北陸道は高所を高架とトンネルで貫いていますが、
国道は海沿いの低いところを走るため、
インターを降りるとカーブの連続する坂道を下りる必要があります。

日本海
そのかわり、眺めは抜群に良いです。
夏の晴れた日などは絶景でしょうね。

筒石集落
国道8号線に抜け海沿いを南下すると、筒石の集落に到着します。
筒石の集落は山と海に挟まれ細長く続いており、肩を寄せ合うかのように
幅の狭い3階建ての住居が建ち並んでいました。

かつてはこの海沿いを鉄道も走っていたのですが、高速化のために
背後の山の中に北陸本線の複線のトンネルを掘った時に、筒石駅も
トンネル内に移設され
たのでした。こうして全国的に見ても数少ない
トンネル内の駅が誕生したというわけです。

集落から坂道を上る
ですが、当然トンネルは山の中にあるため、
海沿いの集落から駅に出るには、いったん山を登らないといけません。
今回は車移動なので苦労はありませんが、毎日の通勤通学で利用される
方はさぞかし大変だろうと思われます。

狭い道を降りる
さて、本当にこの先に駅があるのか心配になるような山道を登っていくと
確かに看板がありました。ここから100メートルは下り坂になります。

筒石駅
筒石駅に到着!

車同士だとすれ違うのが難しいくらいの狭いアクセス道路の先には
プレハブの駅舎がありました。なんだか高校時代の部室を思い出して
しまいそうな、簡素な造りです。

ホームは40m下!
駅の前には、この駅はホームが40m下のトンネルの中にある
めずらしい駅なのだということを説明する看板が立てられていました。

窓口があり、駅員もいます
駅の中は、いたって普通の田舎の駅、といった感じです。
ただし無人駅ではなく、ちゃんと駅員さんが配置されています。
駅の中の見学には入場券が必要、とのことで140円を払うと
切符とは別に入場証明書もいただけました。

大正元年十二月十六日開業
壁には、「開駅記念日 大正元年十二月十六日」と記されたプレートが
掲げられていました。大正元年は1912年、人間の年に直すと103歳(当時)。
かなりの歴史と伝統のある駅です。
(つづく)

2月のある日

今年は、阪神淡路大震災からちょうど20年目にあたります。
神戸では関連したいろいろなイベントが開かれていたりしたのですが、
そのうちの一つ「フラワーテント2015」の中で、東京のラジオ局である
文化放送がなぜかわざわざ神戸から生放送をするというので、
仕事終わりで観覧に行ってきました。

ちなみにこの日は「鷲崎健の2h」という番組の公開生放送でした。
パーソナリティーの鷲崎健さんは肩書はミュージシャンですが、
10年以上にわたり文化放送でラジオのDJを務められています。
鷲崎さんは当時神戸の東灘で被災されたのですが、被災者として
同じ被災者を勇気づけるために震災直後に開かれたイベント
「フラワーテント」の立ち上げにかかわったスタッフの一人でした。
今回20年ぶりにこのフラワーテントを開催するにあたって声がかかり
快諾されたことで今回のイベントが実現したとのことでした。

フラワーテント2015
天気予報で降るといわれていた雪こそみられなかったものの
この日は手先が凍り付くくらいの寒い日でした。が、この日集まった
500人ほどの観客(しかも9割5分男子!)は、寒さなどお構いなしと
ばかり、歌ありトークありのプログラムで盛り上がっておりました

そして8時台には、特別ゲストが登場!

フラワーテント2015
ゲストは鷲崎淳一郎さん(鷲崎さんの兄)と
フラワーテントスタッフの加藤さん(鷲崎さんの友人)。
なんという身内ラジオ!!

で、被災者である3人が集まり
当時の思い出を語り合う、という趣旨の番組になるはずだったのですが・・・

「フラワーテントのスタッフの中で、実家が全壊してたのは
俺らだけやねんな」
「うちもやって」
「あ、そうかそうか」
「(家が傾いて)平行四辺形みたいになってた」
「そうそうそう」
トンデラハウス みたいになってた」
「そうそう大冒険やからな」
「アハハハハハ・・・だいじょうぶ?どこまでだいじょうぶ、放送?
「ええねん、オレら被災者やから
それやがな!!


「"もっこすラーメン"行った人どれくらいいる?」
(観客挙手)
「おおーっ」
「結構いるでしょ」
「もっこすラーメンの石屋川店も、震災の時に1回閉じた・・・
当たり前やけど、どの店も閉じたじゃない」
「いや、でももっこすカッコよかったで」
「かっこよかった」
「めちゃめちゃカッコよかった」
「(店が被災して)何も出せへん、当たり前やけど、何も出せへん時に、
震災から1週間とか2週間か忘れたけど、
何でか知らんけど、ご飯が調達できたらしいの、もっこすラーメンが。
で、カレーを作ってた
「せやせやせや」
「みんな、あったかいものに飢えてるからさ、みんな並んで
あったかいカレーが食べれるって、もっこすラーメンの石屋川店に
バーッて並んでてんけど。
そっから10日くらいたって、ラーメンができるようになったんやろね、
壁に『ラーメン始めました』って張り紙が」
「あったあった」
「アハハ、ラーメン屋で」
「アハハ、新メニューちゃうゆうねん」


改めて文字に起こしてみると、なんていうか
普通の震災についてのトークとはかけ離れた
楽しい思い出話にしか聞こえないのがスゴイです。

でも、もちろんまったくつらいことがなかった、悲しいことがなかった
なんてはずはなくて。どんなにつらくても、悲しくても、沈んでいるの
ではなく、とにかく明るく陽気に暮らすように努めたと話されていたのが
印象的でした。

「地震の時の話って、少し不謹慎かもしれへんけども・・・
悲しいことを忘れよう忘れようとするからかもしれへんけど、
楽しかったことばっかり思い出すねんな。」

当日の会場の模様は、ネット上に流れている動画からどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=t1PgGaIh7eo
(※たぶん非公式、リンク切れ御免)

中にはこうしたトークを「不謹慎だ!」という一言で拒絶してしまう人も
いるのかもしれませんが、ともすれば辛い思い出話や感動的な美談に
まとめられてしまいがちな震災の話を、素直に、少しおもしろおかしく、
それでいて人を前向きにさせるように話ができるのは、とても素敵なこと
だと思います。

自分は被災者ではありませんので、本当の意味で被害に遭われた方の
気持ちを理解することはできないのだと思いますが、いまも大変な思いを
されている方が、被災された方の話を聞いて少しでも笑顔で生活して
もらえれば幸いです。


フラワーテント2015
とにかく寒い夜でしたが、でも観覧に行けてよかった!