UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

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海外旅行に行った高齢者で体調を壊される方がおられるが、その原因のひとつとして、現地の風習でともすれば過大な量の料理が提供されることがあり、それを無理に残さず食べてしまうからだと添乗員の方のお話であった

それは、幼少時から学校で植えつけられた「給食は残さず食べる」べきであるという強迫観念にその原因があるのではないか。

食べ物を粗末にすることはよくないが、無理をしてまで「食べきる」ことはそんなに重要なのか。
子供たちが自分の体調や体質を自身で判断し、「給食を残す」という選択をすることは、非常に適切な行為ではないか。

サーチュイン(Sirtuin)遺伝子の研究によると、人間は飢餓状態にあるほうが長生きできるそうである。
我々自身が食糧の乏しい氷河期を生き抜いてきた人間の子孫だからであろう。

高齢者にいたるまで成人に生活習慣病で悩む人が多いのは、承知のとおりであるが、その傾向は、子供たちにまで広がっているのである(上記写真を参照。現在日本では栄養不足よりも、栄養過多で病院の御世話になる人が多いことは、論を待たないであろう)。

それは、「給食は残さず食べる」という指導がいまだにいきづいているからではないか。
そろそろ、「給食は自分自身の判断で残してもよい」という指導をすべきである。
異論はあろうが、以下、理由を述べる。

1 人によって基礎代謝量は異なる。特に男女の基礎代謝が異なるのは医学的にも明らかである。にもかかわらず、なぜ、全員が同量の給食をとらなければならないのか。
2 食材の無駄が発生するのは、基本的に食事を提供する側に責任があり、食事をする側にあるのではない。
3 子ども自身が、自己の体調を自ら管理する姿勢を身につける必要がある。

「給食は残してもよい」指導をするなら、食材の無駄は幾分発生する。
しかし、そうだとわかれば、給食そのものの全体量を減らせばよい。
そうすることで、食材の無駄を大幅に削減でき、給食費なども節減でき、「エコ」につながるはずだ。
子どもたちに、与えられた食事をすべて食べるのではなく、残してもよいから、食事の量を自分自身で管理する習慣を幼少時より身につけさせれば、生活習慣病の予防にもなり、未来の医療費も削減できる。

「食事を残さず食べる=善、食事を少しでも残す=悪」という教育は、そろそろ、改めるべきではないか。

 

円錐は円柱の言い間違え。小さな個人塾が書いていますので、言い間違え等は寛恕ください。
 
授業でね、この部分とかこの点が・・・と言っているのは生徒に黒板・ホワイト・ボードに注目させるため。
トランプ大統領がオバマゲートの公文書の開示を命令したとの Twitter がトレンド入りしている。

しかしその前にやるべきことはケネディ大統領暗殺事件の公文書の開示である。



あれが単独犯とは思えない。
民主党及びアメリカの闇が隠されているはずである。

大阪大学理系の問題であるが積分以前に図形の感覚が必要である。

 

これはとても大切なことなのだが、≪立体のイメージ≫があって≪計算≫があるわけであって、逆ではない。

 

問題を読んで・・・・小学生・中学生には最低1時間は考えて頂きたい。

1時間で、できなければ2時間でも3時間でも考えて頂きたい。これがUBQの考え方である。

 

立体の形のイメージができたら、後は暗算でできる。(ブラウザーによって写真の図が欠ける場合があれば写真の図をクリックして下さい)

 


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

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答えは18分の1です。

 

岡山に塾経営のいろはを教わった品川先生という方がいる。
やはり、首都圏の中堅塾で教務主任をされ、岡山に戻って独立開業された方だ。岡山の文教地区で小さな塾をもう何十年もされてブレがない。地域の保護者に信頼されて何十年という。言うのが易しく行うのが難しい塾の理想型の一つだ。

その先生が開校されたときに講師としてお手伝いさせて頂いた。

黒板の位置や生徒の並べ方からチョークの使い方まで全て意味があり、私の疑問に全て明快な答えが返ってくる。
  全保護者に電話連絡する際は必ず同じ日に電話をして、次回の電話は逆の順でかけること。
  今度は入ってくる生徒は近視だから今日からはプリントを拡大して配ること
など
細かい点の配慮が行き届いてる。
一番驚いたのは受験直前に
   大崎君と目黒君は大丈夫。渋谷君は難しいだろう
と予言して、そのとおりになるのだ。

受験直前の生徒の目を見ればわかるそうだ。塾というのはここまで奥が深いのか

余計なことであるが京都の塾で大変な事件があったとき塾の教室が内側から鍵が掛けられるようになっているとは耳を疑うばかりであった。

ところが品川先生が7月に開業されたことだけがわからなかった。常識的に12月ぐらいから受け付けて、3月か4月に本格的に開校するのが経営上、有利であろう。

おそるおそる伺ってみると答えは:

僕は前の塾で教務の責任者をしていたので全生徒の進学先を確認して、次の先生に引継ぎをして子供たちの前で田舎に帰らないといけない事情を説明し、退職したからだよ。だから4月の開校に間に合わなかったんだよ。最後は生徒と保護者が集まってお別れ会までしてくれたよ。経営者の許可をとって実家の連絡先を伝えたから、今でも当時の生徒から年賀状を頂くよ。との由

放送大学客員教授、横浜市立大学教授の精神看護学  松下年子教授の言葉です。

精神障害者をネガティブに捉えてはいけないという意味と解釈します。



貴重な意見が書かれています。



精神障害者は人類にとって必要なものであり決してネガティブに捉えるものではない。との意見だと考えます。




この本の25ページには精神障害者は社会に必要な存在であった可能性があると書かれています。 社会から排除されない存在ではなかったと書かれています。


 全体をご覧にならないと分かりにくい部分がございます。 放送大学の教材は放送大学の学習センターにお問い合わせするなり、お近くの書店で簡単に手に入りますので是非とも全文をご覧くださるようにお願い致します。